コラム

Column

第172回 企業法務の勘所(契約のリスク評価と対応)

1.問題となる場面

 ある部品メーカーが、あるセットメーカーとの間で、ある部品を一定の期間、製造し供給する契約を結びました。その部品は開発途上のものでしたが、お客様であるセットメーカーに試作品を評価され、まとまった量の部品の製造供給契約を締結することとなったのです。
 部品メーカーは、その部品の量産に向け準備を進めていたところ、想定していなかった技術上の課題が出てきました。どうしてもある特性が安定しないのです。いろいろな工夫を重ねましたが、見通しが立ちません。部品メーカーはセットメーカーにそのことを報告し、供給できない可能性がある、できれば一旦、契約を辞退させて欲しい、と申し出ました。ところが、セットメーカーは、何としてでもやれ、といって許してくれません。万一その部品の供給が受けられないこととなると、セットメーカーとしても最終製品の製造・販売に向けて行った膨大な投資が無駄になり、巨額の損失が発生するので、その責任をとってもらうことになる、というのです。示唆された損害額は、その部品メーカーの全資産額の数倍に及ぶものでした。
 部品メーカーの社長は法務部長を呼び出し、こう詰問します。「客のいうとおり賠償金を払うと、会社はつぶれてしまう。かといって、できるかどうかわからないのに、開発費用をかけ続けたり、設備投資をしたりして、赤字を垂れ流すわけにもいかない。契約をやめたいが、どうすればいいのか。そもそも、契約では、最悪の場合でも損害賠償額はいくらいくらまで、と上限が決めてあるということだったではないか。そこまで覚悟しておけばいいと思っていたが、ウソだったのか!」
 確かにセットメーカーと締結した契約書には、「本契約上の義務の違反に起因して相手方が被った損害の賠償義務は、5億円か、過去1年間の対象製品の取引額の3倍か、より大きい方の額を上限とする」と規定されています。
 どう考えればいいのでしょうか?
 

2.損害賠償責任の限定

 提供した製品やサービスの品質に問題があった場合や、納入期限に遅れた場合など、契約上の義務の違反があった場合、違反した当事者は、違反に起因して相手方が被った損害を相手方に賠償する義務を負うことになるのが原則です。違反と因果関係のある損害は賠償の対象になる可能性があり、理屈上は、金額の上限はありません。
 そこで、賠償責任が青天井にならないように、契約で、責任を限定するための規定を設けておくことが、実務上よく見られます。賠償の対象となる損害の内容(直接損害に限定し間接損害や逸失利益は除く、等)、賠償金額(取引金額の何倍まで、等)、責任期間(引き渡しから3年以内に請求のあったもの、等)などを限定して定めておくやり方です。
 具体的にどのような条件にするかは、想定される損害の規模や発生の蓋然性、業界での責任上限の相場観、相手方との関係、保険の購入による手当の適否、製品・サービスの価格や事業全体の採算性との見合い等、様々な点を考慮して考え、相手方と交渉していくことになります。
 ここで、留意しておかなくてはらないことがあります。上記のような賠償責任を限定する規定を設けていても、「故意または重過失」による契約違反の場合には適用されない可能性が高いということです。
 損害賠償責任の上限規定に続けて、「但し、故意または重過失による契約違反に起因する場合は除く。」等と契約書に記載している場合もよく見かけます。が、仮に契約書にその旨記載されていなくても、故意や重過失による契約違反の場合には、賠償責任を限定する約束は無効とされる可能性が高いことを頭においておく必要があります。
 つまり、故意に契約上の約束を履行しない場合、不履行に起因して相手方が被った損害を、因果関係がある限り、青天井で負うこととなる可能性が高いということです。重過失の場合も同様に扱われる可能性があります。
 本件では、契約違反の賠償責任額を限定する条項がありますが、「部品の供給はできません」とギブアップを宣言し供給しないことは、「故意による契約違反」として、責任限定条項は適用されない可能性が高い、ということとなります。
 

3.契約履行責任の限定

 契約で約束したことは、原則として、履行する責任を負うことになります。本件のように、契約後に、想定していなかった技術上の困難な問題にぶつかり履行できるかどうか見通しが立たなくなった場合や、想定を遥かに上回るコストがかかることが判明し、会社の存続に関わる大きな赤字を出し続けることが予想される場合でも、相手が契約の履行を求める限り、やらなければならないのが原則です。一方的に義務の履行を放棄すると、上記のように青天井の賠償義務を負うことになりますし、何より「信用」を失い事業を継続できなくなります。
 この問題は、基本的には、事業そのもののリスクであり、実現可能性の検討の対象事項です。土地勘の無い事業を手掛ける場合などに起り易い問題です。
 損害賠償責任を限定するのと同様に、契約履行責任を限定するためには、どんな契約条項をどのように工夫することが必要でしょうか。
 まず、その契約により何をどのように履行するのか、を定義し取り決める条項での工夫が必要です。どんなものを(製品仕様)、どのくらい(数量)、いつまでに(納期)、どうするのか(開発する、量産して供給する等)を、約束する条項について、できるだけ履行しやすいようにすること、履行に問題が生じたら条件を変更したり解除したりできるようにしておくことが基本となります。
 工夫の例としては、履行義務を段階的に設定することがあります。製品の開発、量産技術の開発、量産供給など、節目にあたる段階を設定して、段階ごとに実現可能性を確認しながら履行内容を確定させていくこと。つまり、ある段階でその先の段階に進まないということを選択肢とできるようにしておくことで、途中で行き詰まる可能性を減らすというやり方があります。
 また、「不可抗力」条項を工夫して、想定外の問題が出てきた場合に、履行義務を停止させることができるようにし、そのまま一定期間が経過すると契約関係を解消できるとするやり方も有効です。
 その他、契約期間を設けることは、際限なく履行義務を負い続けることのないよう歯止めを設けることにつながり、契約に違反した場合の賠償責任の総額をある程度限定することにつながると思います。
 さらに、より大きなリスクの想定される事業であれば、別会社(株式会社、有限責任会社等)を設立して契約の当事者とし、有限責任制度を利用して責任を限定するやりかたもあります。親会社保証を付けることとなっても、保証額の上限を設定することで、最悪の場合のリスクの総額を限定することが可能です。
 なお、契約上の義務を履行する責任を、理由を問わず免れることのできる仕組みを定めている契約は、あまり見かけません。不動産の取引契約での解約手付条項等、ごく限定的ではないかと思います。
 

4.経営者への「契約の二つのリスク」の明示

 以上、契約に伴うリスクと責任を限定する契約条件の作り方を整理しました。いずれも相手のあることであり、交渉事です。その時、その時の状況を踏まえて、どこかで合意する、あるいは合意しない決断をすることになります。
 法務部門は、事業部門とともに、プロジェクトの実現可能性も含めたリスクを評価し、それに対応する契約条件を考案し、交渉していく役割を担います。
 また、法務部門は、最終決断をされる経営者に、「損害賠償責任」と「契約履行責任」の両面から、リスクとその対策を適切に認識頂けるよう、資料の作り方や説明の仕方を確認する必要があるでしょう。
 頑張って行きましょう!