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少し前までは専門的で一般の人が直接利用するものではないというイメージもあったAIですが、現在は日々の業務や生活でChatGPTやGeminiといったAIを使っているという方も少なくないのではないでしょうか。また、自動車などの自動運転や医療診断支援、農作物の自動収穫ロボットなどの開発が進められ、間もなく実用化される見込みの技術も数多くあります。
このように身近になったAIですが、そのAIを支える根幹にあるのは「データ」です。AIの成否のカギを握っているのは、データの質と量にかかっているといっても過言ではありません。このようにAIにおいてはデータが重要な価値を持ちますが、そうだからこそデータの権利保護にも注意する必要があります。
本稿では、AIの利活用におけるデータの権利保護という観点から、企業がどのように備えるべきかを、契約によるコントロールの視点を交えて検討したいと思います。
1.AIとデータ
AIは、多くのデータを学習し、その中からパターンやルールを見つけ出して、見つけ出したルールをもとに新しい入力に対して推論や判断を行っています。つまり、AIがどれだけ優れたアルゴリズムを持っていたとしても、その学習に用いられたデータの質と量が不十分であれば、精度の高いアウトプットは望めません。
そのため、AIにとって重要なことは、どのようなデータをインプットするかということになります。この際に必要なデータは、質がよく、かつ、多くの量があることが必要です。そして、質がよく、量も多いデータは、単に足し合わせた以上の価値を生み出すことになります。
したがって、企業にとって重要なノウハウや顧客情報、製品・サービスの技術情報など、質が高い情報はAIの成否を左右するものとなりますので、特にAI開発者としては、このよう質の高い情報は喉から手が出るほど欲しいものと言っても過言ではありません。また、一つ一つは質が高いとは言えない情報であっても、多くの量を集めることによって価値が大きくなる情報もあります。そこで、開発者としては、量を集めるために、一般に公開されているデータだけでなく、入力されたデータをそのまま学習に使いたいと考えるでしょう。
このように、AIにとってデータはその根幹ともいうべきものであるため、開発者としては多くのデータを集め、AIに学習させようとします。しかし、このような過程で、以下のような深刻な問題が発生するおそれがあります。
①企業秘密の漏洩・知的財産権の侵害
AIにとっては、質の高い情報がいかに多くを集められるかが重要です。そして、企業には、
質の高い情報が集まっていることが少なくありませんが、これは企業活動によって蓄積された
価値の高い情報であり、企業秘密として保護しなければならないものです。また、これらの情
報は著作権など知的財産権として保護されるものがあります。
しかし、これらのデータがAIの学習のために利用されると、企業秘密の漏洩や知的財産権の
侵害となるおそれがあり、ビジネス上の大きな損失につながる可能性があります。
②プライバシーと個人情報保護
AIで利用されるデータの中には、プライバシーや個人情報に関するものが含まれることがあ
ります。特に、医療分野や教育、金融分野では、個人の詳細な情報がAIのインプットとして用
いられることがあります。このような情報がAIにインプットされると、プライバシー侵害に当
たる可能性があるだけでなく、個人情報を保護するための各種法令に違反することになり、法
的責任を問われる事態にもなりかねません。
③データの目的外利用
AIにインプットしたデータが、その後、予定していた以外の目的で利用されることがありま
す。たとえば、学習のために利用することを想定していなかったにもかかわらず利用された
り、第三者に提供されてしまうようなケースです。
2.データの法的地位
このような事態を招かないようにするためには、データをしっかりと保護することが重要ですが、最初に、現行法においてデータがどのような法的地位にあるのか、どのような法的保護を与えられているのかを確認しておきたいと思います。
現行法上、土地や建物、物品といった有形物には「所有権」が認められています。しかし、データそのものは目に見えるものではなく無形物です。このような無形物については、従来の「所有権」をそのまま認めることはできません。所有権が認められる場合、所有者は排他的にその有形物を支配できます。しかし、無形物であるデータは簡単に複製でき、同時に複数人が利用することも可能であることから、排他的に支配できる権利である「所有権」をそのまま認めることには限界があります。
そのため、データの権利については、「所有権」ではなく、データをどのように利用できるか、誰がどのような目的で利用できるかという「利用権」の概念が重視されています。
なお、現行法上、データについては「所有権」と同じような権利が認められているものではありませんが、データが「営業秘密」に当たる場合は不正競争防止法によって保護されることがあり得ますし、著作物であれば著作権として保護される可能性があります。そのほかにも、民法上の不法行為に基づいて、データの不適切な利用に対して責任を追及する余地はあります。
しかし、このような保護は限定的な場面でしか適用されず、またその要件も明確ではありません。したがって、データの「利用権」という観点から、データの権利を保護することが必要です。
3.契約によるデータの権利のコントロール
では、データの権利を保護するために、企業はどのような対応ができるのでしょうか。そのためには、「契約」によってデータについての権利をコントロールすることが必要です。
データには「所有権」は認められないと述べましたが、データの「利用権」について当事者間で合意した場合、その合意は契約として有効です。したがって、この合意に違反するようなデータの利用があれば、契約違反として責任を問うことができます。そのため、AIの利用においては、データの利用等に関する契約(「利用規約」という形式の場合もあります。)をしっかりと作ることが重要なのです。
この契約においては、以下のような点がポイントになります。
・データの内容の特定
・データ利用目的の明確化
・データの利用範囲の特定
・データや成果物の二次利用の可否
・データや成果物の第三者への提供の可否
・知的財産権の帰属の明確化
4.まとめ
AIの利用が進めば進むほど、知らぬ間に自社のデータが利用されていたり、外部に漏洩してしまったりすることがあります。このような事態が生じると、企業にとっては取り返しのつかない損害・損失が生じるおそれがあります。
そのため、AIの利用に際しては、データの利用権がどのようになるのかについて定めた契約を締結すること、また、汎用的なAIを利用する際には適用される利用規約の内容を確認することが重要です。
次稿では、具体的な契約の内容について、注意すべきポイントを中心に解説したいと思います。