コラム

Column

第161回 契約書の審査又はリーガルチェック

 これまで私のコラムを読んでいただいてきた読者の皆さん、今回はちょっとばかし法律コラムらしい題名だなと思われたかもしれません。実は令和5年5月30日、色川法律事務所のウェブサイトがリニューアルされ、刷新された私の紹介ページには、私のでかい写真が貼られて、老醜(註1)を全世界に晒すこととなり、おまけにいい歳して恥ずかしいコラムの題名が並ぶことになったので、慙愧に堪えませんでした。そこで、せめて、今後(いつまで続くかは分かりませんが)は、題名だけでもまともそうに見えるコラムにしようかと思いついたのです。

 弁護士は契約書の審査又はリーガルチェック(以下、「契約書審査」といいます。)を求められることがよくあります。契約書審査は企業の法務部門の要、核心的業務です。契約書審査の目的はリスクマネジメントです。通常の契約において定められている事項で抜けているものはないか、よく起こる紛争などを前提として依頼者に不利益な条項はないか、当該取引固有の問題としてどのようなリスクが懸念されるかを想定し、その懸念を解決する条項となっているか、曖昧な条項はないか等を確認して対応を検討することになります。この最後の曖昧な条項をできる限り無くすという観点からは、用語はできるだけ法令用語に従うということが望まれます。法令用語というと、契約書や法制執務についての書物にはどれでも書いてあるような、例えば、「及び」若しくは「並びに」又は「又は」若しくは「若しくは」の使い分けに注意するといったところです(註2)。(世間的には、「及び」よりは「並びに」の方が、「又は」よりは「若しくは」の方が、日常用語ではなく、ちょっと古めかしい感じはするものの格調が高いと考えるのか、たまに契約書では「並びに」とか「若しくは」を使おうとする方がいて、特に誤解する内容ではない場合、法令用語に合わせて「及び」とか「又は」を使うことをお勧めすべきかどうか迷うことがあります。そういうとき、後々他のその辺の使い分けを弁えている人が見て、弁護士がチェックしたはずなのにおかしいなどと言われかねないので、泣く泣く指摘をするということになります(本当はどうでもよいのにね。)。)

 で、ここから本題に入るのですが、「及び」若しくは「並びに」又は「又は」若しくは「若しくは」の使い分けより、よく分からないのが、実は「又は」と「及び」の使い分けです。一般的に「又は」(「若しくは」も)は選択的に並列するための接続詞であり、「及び」(「並びに」も)は併合的に並列するための接続詞であると説明されています。そうだとすると、「又は」で結ばれるものは同時には成り立たないものでなければならないということになります。(「及び」も「併合的」とは言いますが、「併合的」というのがどういう意味か実際のところそれほど明確であるとは思えません。)ところが、現実の法令を見ると必ずしも「又は」が選択的に使われているのではないものがあります。例えば、刑法35条の「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」という規定で、法令により、かつ正当な業務による行為は罰するのかというとそうではありません。ここの「又は」は、選択的な「又は」と併合的な「及び」との両方を含んでいるということになります。このような「又は」を実務上「及び又はの又は」と言うのだそうです。もちろん選択的な「又は」が使われている場合もあります。例えば、刑法96条の「公務員が施した封印若しくは差押えの表示を損壊し、又はその他の方法によりその封印若しくは差押えの表示に係る命令若しくは処分を無効にした者は、三年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」という規定では「又は」(又は「若しくは」)は明らかに選択的な接続詞として使われており、「及び」は、併合的に使われています(刑法では、このような「~の懲役若しくは~の罰金に処し、又はこれを併科する」という条文が沢山あります。)。選択的「又は」か「及び又はの又は」かは形式的にはなかなか分かりませんし、「及び又はの又は」は「及び」と書いてもどっちでも良いのではないかとも思われることもあります。例えば、さっきの「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」なんて「法令及び正当な業務による行為は、罰しない」と書いても「法令による行為は、罰しない」と「正当な業務による行為は、罰しない」と並列しているだけのことですから、差し支えないのではないとも思われてくるわけです。誰も「及び」を使っているからといって、法令により、かつ、正当な業務による行為でないと罰しないという条文だとは読まないでしょう。といったことを考えるとなんだかわけが分からなくなります。(そいつはお前があほなだけで、こうすれば区別できるという人がいるならば、是非教えてもらいたいものです。)

 よく分からないということで、このコラムを終えてもよいのですが、せっかくなので、私が(単に私の語感に基く私見(むしろ感想)にしかすぎませんが、)どう考えているかをお示ししてこのコラムを終えることにします。(因みにですが、法令の用語では、(見出し部分を除き、)「又は」の方が「及び」よりも多く使われているようです。いろいろ検索してみたのですが、憲法以外はそのような傾向がありました。後述のように「又は」の方が使い勝手がよいということかもしれません。)「又は」や「及び」が条文の要件側にあるか、効果側にあるかで少し違っているように感じます。
 まず、「又は」が要件側にある場合、例えば「A又はBは、X(である、できる等)」といった場合ですが、ここの「又は」は「及び又はの又は」であることが多いと思います。「及び」で代替しても間違いではないようにも感じますが、「又は」の方が座りがよいと思います。英文契約書では、「及び又はの又は」のとき、”and/or”という接続詞を使うことがあります。「及び又はの又は」のときは、「及び/又は」を使ってもよいのかもしれません(日本ではそれほど使われてはいませんが)。要件側で「又は」を選択的に使用する場合であって誤解されそうなとき(そんなときはあまりないと思いますが)は、その旨分かるように「いずれか一方」という趣旨が分かるようにすべきです。又、要件側ではあまり「及び」は使う必要がないことになります。つまりAとBとが両方揃って初めてXが成立するような場合、「A及びBは、X」だけでは曖昧です。この場合は、「及び」(だけ)を使うのではなく、はっきりとそのような趣旨、すなわち「AかつB」とか「AとBとは共同して」とか、両方合わさって効果が生じることをはっきりと書くことが望ましいと思います。それ以外は、大抵「及び又はの又は」で代用できてしまいます。
 次に「又は」が効果側にある場合、例えば「Aは、X又はY(である、ができる等)」といった場合ですが、選択的な「又は」であることが多いようです。(さっきの「公務員が施した封印若しくは差押えの表示を損壊し、又はその他の方法によりその封印若しくは差押えの表示に係る命令若しくは処分を無効にした者は、三年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」の「又は」(「若しくは」)がそうです。)したがって、こちらの「又は」を「及び又はの又は」の意味で使いたいときは、この刑法の条文のようにはっきりと書き分けるといった工夫が望ましいと思います。また、効果側の「X及びY」は、どちらか一方ではない両方の効果がともに発生するというニュアンスを感じます。
 とりあえず、このあたりで何とかなりそうなのですが、実際は、以上のことはルールとして明確になっているわけではなく、法令によってまちまちで例外もあります。「及び又はの又は」と選択的な「又は」とがまざったような法律の条文もあります。例えば「株式会社は、定款の定めによって、取締役会、会計参与、監査役、監査役会、会計監査人又は委員会を置くことができる」(会社法326条2項)という条文です。取締役会と監査役や監査役会は両方を置くことができますが、委員会と監査役や監査役会は両方置くことができません。それは他の条文を読めばわかるのですが、ここからは読み取れないし、ここの「又は」はどういうことかあまりはっきりしないということになります。

 ほら、だんだんと分からなくなってきたでしょう。実は、こんな基本的なことでもよく分からないということが分かっていただいたのではないかと思います。結局どう書いてもそれほど違わないという身も蓋もない結論になってしまいます。こういうある意味つまらないことにこだわるのも寄る年波の兆候のひとつなのかもしれません。ところで、「契約書の審査又はリーガルチェック」という題名、最初に「法律コラムらしい題名」と書きましたが、こんなところに「又は」を入れておくのは、普通の語感からして変だとは思わなかったですか。これは「又は」のことを書きたかったので、ちょっとした伏線だったりするのです。


註1 疲れやすいとか、眠れないとか寄る年波を感じることはいろいろあるのですが、今年にな
 って、生まれて初めて若い女性に電車の座席を譲ってもらうということがありました。終に
 その時が来たのか、そんなにくたびれた顔をしてつっ立っていたのかと呆然としてしまいま
 したが、座席は有難く譲っていただきました。

註2 せっかくなので、一般的に言われているルールを説明しておきます。
1 「及び」は、2つの語句(単語又は文)を併合的に並列する場合に使います。
2 語句が3つ以上の場合は、最後の2つを「及び」でつなぎ、それ以外は「、」(又は
 「,」)でつなぎます。
3 「並びに」は、「及び」を用いて並列した語句をさらに大きく並列する場合に一番上の段
 階の並列には「並びに」を用い、それ以外は「及び」を用います。一段階しかないときは、
 「並びに」は使わず、「及び」を使います。
4 「又は」は、2つの語句(単語又は文)を選択的に並列する場合に使います。(これに対
 し異議を述べたのが本文です。)
5 語句が3つ以上の場合は、最後の2つを「又は」でつなぎ、それ以外は「、」(又は
 「,」)でつなぎます。
6 「若しくは」も「又は」よりも小さく選択的に並列するときに用いますが、「若しくは」
 を用いて選択的に並列した語句をさらに大きく選択的に並列する場合に、一番上の段階の並
 列に「又は」を用い、それ以外は「若しくは」を用います。一段階しかないときは「若しく
 は」は使わず「又は」を使います。

註3 参考文献
 かなりニッチなところを書いたので、全く私の思いつきだけではないことの証拠に2つほど参考文献を挙げておきます。
 「及び又はの又は」については、大島稔彦監修『第3次改訂版法制執務の基礎知識』(第一法規株式会社、第3版、平成23年8月10日)に書かれています。私がこのことばに触れたのは、いつのことだったかすっかり失念してしまいました。
以前から私はこの問題に拘っていたのですが、ネットで一番端的にこの問題に応えてくれているのが、本多久美子「法律文はいかに書かれるか:等位構造の表現を中心にして」(言語処理学会第9回年次大会発表論文集、2003年)(URL:http://www.aoni.waseda.jp/khonda/paper/NLP-2003.pdf)という論文です。私の感覚と完全に一致しているわけではありませんが、同じようにことを考える人がいるのだと感激しました。この論文は、こう感じると私がかなり主観的に書いた部分の客観的な理由付けをしようとしていますが、難点は、とにかく用語が難しいということです。