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第155回 柔軟な働き方と労働時間

従前より、柔軟な働き方を実現するための環境整備、制度化について機運が高まっていましたが、折しも発生した令和2年以降の新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、その動きを後押しする結果となりました。
本稿では、労働時間という観点から、柔軟な働き方を実現するために法律上どのような制度が設けられているのか、概要について整理したいと思います。
労働基準法上、労働時間は、1週間について40時間、1日について8時間が原則とされています(労働基準法32条。以下単に条項のみ示すときは、労働基準法を指します)。しかしながら、この原則通りの運用では、業務の運営に支障が生じる場合もあります。そこで、業種、業務内容、ライフスタイル等をふまえ、以下のような労働時間の柔軟性を高めるための制度が規定されています。
1 変形労働時間制  
企業によっては、時期により業務の繁閑がある場合や交代制勤務の場合等があります。そこで、例えば、月末月初が繁忙期、月の中頃が閑散期であるという企業の場合、1か月を平均して1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えないように、月末月初の労働時間を長めに、月の中頃の労働時間を短めに設定するということを可能にする変形労働時間制が設けられています。
変形労働時間制には、1か月単位(32条の2)、1年単位(32条の4)、1週間単位(32条の5)の3種類があります。
なお、変形労働時間制が適用された場合でも時間外労働は生じ得るものであり、時間外労働が発生した場合は三六協定締結等の要件を満たす必要があります。また、以下の就業規則、労使協定における定めとは別に、就業規則等に契約上の根拠を定める必要があります。

①1か月単位の変形労働時間制
1か月以内の一定期間を平均して、1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間(4
0時間。特例事業は44時間)を超えない範囲で、特定の日・週で法定労働時間を超え
て労働させることができます。上記例のように、月内で繁忙期・閑散期があるような企
業において適用することが考えられます。
労使協定(労基署長への届出が必要)か就業規則等において、変形期間中の各日・各
週の労働時間等を定める必要があります。

②1年単位の変形労働時間制
1か月を超え、1年以内の期間を平均して、1週間当たりの労働時間が40時間を超
えない範囲で、特定の日・週で法定労働時間を超えて労働させることができます。季節
要因により繁閑が生じ得る百貨店等での適用が考えられます。
労使協定(労基署長への届出が必要)において、対象期間中の各日・各週の労働時間
等を定める必要があります。
1年単位の場合、対象期間が長期に及ぶため、対象期間内の労働日数に限度があり
(対象期間が3か月を超える場合、1年当たり280日)、労働時間の上限は1日で1
0時間、1週間で52時間を超えてはならず(対象期間が3か月を超える場合はさらに
制限あり)、連続労働日数の上限は6日(例外あり)とされています。

③1週間単位の非定型的変形労働時間制
常時使用する労働者が30人未満の小売業、旅館、料理店、飲食店については、1週
間当たり40時間以内の範囲で、1日10時間を上限として、労働させることができま
す。
労使協定(労基署長への届出が必要)において、1週間の所定労働時間等を定める必
要があります。
週の開始前に、労働者に書面により各日の労働時間を通知しなければなりません。

 

2 フレックスタイム制
労働者が各日の始業、終業時刻を自らの意思で決めて働くことができる制度を、フレックスタイム制といいます(32条の3)。労働者が必ず労働しなければならないコアタイム、労働者の選択により労働することができるフレキシブルタイムが設定されているケースがよく見られますが、労働者が主体的に労働時間の配分を決定することができる点が、変形労働時間制との主な違いです。
3か月以内の清算期間を平均した1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間(40時間。特例事業は44時間)を超えない範囲で、1日・1週の法定労働時間を超えて労働させることができます。
就業規則にフレックスタイム制を導入する旨を規定し、また、労使協定に清算期間等を規定する必要があります。清算期間が1か月を超える場合は、労使協定を労基署長へ届け出る必要があります。
なお、フレックスタイム制が適用された場合でも時間外労働は生じ得るものであり、時間外労働が発生した場合は三六協定締結等の要件を満たす必要があります。また、就業規則等に契約上の根拠を定める必要があります。

 

3 事業場外みなし労働時間制
労働者が、労働時間の全部または一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間の算定が困難なときは、所定労働時間労働したものとみなされます。これを事業場外みなし労働時間制といいます(38条の2)。外回りが多い営業社員等に適用されることが一般的です。
適用に当たっては、単に事業場外で業務に従事するだけでは足りず、「労働時間を算定し難い」という要件を満たす必要があります。例えば、スマートフォン等によって、上司から業務遂行について具体的な指示を受けている場合や、定期的に上司への報告が義務付けられている場合等で、実質的に使用者の指揮監督が及んでいると評価されるときには、本制度は適用されません。
労働時間については、①所定労働時間(例えば、就業規則で、労働者の労働時間が1日8時間と定められている場合、その時間)労働したものとみなされるのが原則ですが、②通常所定労働時間を超えて労働することが必要な場合は、当該業務の遂行における通常必要時間労働(例えば、所定労働時間が8時間であったとしても、当該業務を遂行するのに通常1日9時間必要であれば、その時間)したものとみなされ、さらに、③②の場合において労使協定で定めたときも、協定で定めた時間労働したものとみなされます。8時間を超えるみなし労働時間を協定する場合は、労基署長に届出が必要です。
一部事業場内で労働した場合については、労働時間は、みなし労働時間制によって算定される事業場外で業務に従事した時間と、別途把握した事業場内における時間を加えた時間となります(昭和63・3・14基発150号)。
最近はテレワークを導入する企業が増えましたが、厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」では、①情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと、②随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないことという要件をいずれも満たす場合には、テレワークにおいても事業場外みなし労働時間制を適用しうると定められています。
なお、事業場外みなし労働時間制が適用された場合でも、同制度は労働時間の算定方法に関する制度であり、算定した結果、みなされた労働時間が8時間を超える場合は、時間外労働は生じ得るものとして三六協定締結等の要件を満たす必要があります。

 

4 裁量労働制
一定の専門的・裁量的業務に従事する労働者については、実際の労働時間ではなく、労使協定や労使委員会の決議で定めた時間を労働したものとみなす制度があります。これらを裁量労働制といいます。
裁量労働制には、①専門業務型裁量労働制(38条の3)、②企画業務型裁量労働制(38条の4)があります。要件が厳しく、適用している企業は多くはありません。
なお、みなし労働時間が所定労働時間を超える場合には時間外労働が発生しますので、三六協定締結等の要件を満たす必要があります。また、就業規則等に契約上の根拠を定める必要があります。

①専門業務型裁量労働制
「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる
必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な
指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務」を対象とします。労基
法施行規則等で19の業種が規定されていますが、これらは限定列挙であり、これら以
外の業務を対象とすることはできません(具体的には、厚生労働省のサイトを参照https://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/senmon/)。
本制度を適用するためには、過半数労働組合または過半数代表者との労使協定によ
り、対象業務、みなし労働時間等を定め、労基署長に届け出る必要があります。

②企画業務型裁量労働制
「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であつて、当
該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ね
る必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的
な指示をしないこととする業務」を対象とし、「対象業務を適切に遂行するための知
識、経験等を有する労働者」に本制度が適用されます。
対象業務は限定列挙ではありませんが、38条の4第3項に基づく「労働基準法第3
8条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確
保を図るための指針」において、対象業務となり得る業務、なり得ない業務の例が定め
られています。また、対象労働者については、同指針において、「例えば…少なくとも
3年ないし5年程度の職務経験を経た上で、対象業務を適切に遂行するための知識、経
験等を有する労働者であるかどうかの判断の対象となり得るものであることに留意する
ことが必要である」と定められています(具体的には、旧労働省のサイトを参照https://www.jil.go.jp/jil/kisya/kijun/991227_02_k/991227_02_k_bet3p.pdf)。
本制度を適用するためには、労使委員会(使用者及び労働者を代表する者で構成さ
れ、労働者代表委員は半数を占めるものとされています)において、対象業務、対象労
働者の範囲、みなし労働時間等について決議(4/5以上の多数決)し、労基署長に届
け出る必要があります。

 

5 高度プロフェッショナル制度
高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務について、厳格な要件を満たした場合に、裁量労働制のように一定の時間を労働したものとみなすのではなく、労基法上の労働時間、休憩、休日、深夜の割増賃金に関する規定の適用が除外される制度が、働き方改革関連の法改正で認められることとなりました。この制度を高度プロフェッショナル制度といいます(41条の2)。
労基法施行規則において、対象業務として、①金融商品の開発の業務、②ファンドマネージャー、トレーダー、ディーラーの業務、③証券アナリストの業務、④コンサルタントの業務、⑤新たな技術、商品又は役務の研究開発の業務(対象業務を行う労働者であっても、使用者から具体的な指示を受けて行う者は除かれます)、対象労働者として、年収が1,075万円以上であることが定められています。労働者個人の書面等による合意も必要になります。
本制度を適用するためには、労使委員会(使用者及び労働者を代表する者で構成され、労働者代表委員は半数を占めるものとされています)において、対象業務、対象労働者の範囲、健康管理時間の把握、休日確保、働きすぎ防止措置、健康・福祉確保措置等について決議(4/5以上の多数決)し、労基署長に届け出る必要があります。
要件が厳格であり、制度が始まって間もないこともあってか、適用されている企業は、本稿執筆時点では少数のようです。

これらの制度は、適切に運用すれば、生産性の向上、多様なライフスタイルの実現等、労使にとってメリットがあります。一方で、労基法等で様々な要件が規定されており、ときには要件を充足しないまま制度を適用し、法令違反が生じているケースもあります。柔軟な働き方について社会的関心の高まっているこのタイミングで、改めて、自社の制度を振り返ってはいかがでしょうか。

以上