コラム

Column

第100回 民法(債権法)改正への対応

1 はじめに
民法の一部を改正する法律、及び同施行に伴う関係法律の整備等に関する法律が2017年5月26日成立し、6月2日に公布されました。法制審議会民法(債権関係)部会における5年間の審議を経て、2015年の通常国会に法案が提出され継続審査となっていましたので、過去に民法改正の動向を確認していても、遠い記憶になっているかもしれません。
改正民法に対して対応する必要のある点は、会社によって異なりますが、各社において、対応すべき点の洗い出しと、その進め方の検討が必要になると思われます。当事務所でも、民法改正の専門チームを立ち上げて、各社の対応を支援しています。
以下では、各社で検討すべき項目、①法務部内での改正民法の確認、②契約書ひな型の改訂、③約款の見直し、④社内マニュアルの改訂(運用実務の見直し)、⑤既存の取引・締結済みの契約への対応、とそれぞれの留意点について述べます。
今回の改正を社内の契約実務を改善するための好機ととらえて、これまで手を付けていなかった課題にもあわせて取り組んでいただければと思います。

2 法務部内での改正民法の確認
改正民法の施行日は、公布日から起算して3年を超えない日で、追って政令で定める日とされていますので、猶予期間があります。
言うまでもありませんが、取引の契約書等に定めがない場合、民法、商法のルールが適用されますので、契約交渉をするには、規定がない場合のルールに照らしてどれだけ有利・不利になっているかを理解することが不可欠です。今回の改正民法には、従来の法律上のルールを変更する改正だけでなく、従来の判例・学説上一般に認められてきた理解を明文化する改正も含まれていますが、それらを含めて、再確認する良い機会になると思われます。

3 契約書ひな型の改訂
改正民法に合わせて、社内の契約書ひな型の見直しを検討する会社も多いでしょう。
従来の法律上のルールを変更する改正としては、例えば、金銭債務の不履行時の損害賠償額を算定する際に用いられる法定利率について、現行民法では年5%でしたが、改正民法では、年3%に引き下げられ、さらに3年に1回法定利率を見直し、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率を適用することとしています(新404条)。本改正に伴い、年6%の商事法定利率(旧商法514条)も廃止されます。これまで遅延損害金を法定利率に合わせて規定していた契約について、今後は新民法の法定利率に合わせるのか、これまで遅延損害金の利率について規定を置いていなかった契約について、債権管理の容易化や予見可能性確保の観点から、約定を設けるのかといった検討をすることになるでしょう。
改正民法で実質的なルールは大きく変更されていなくても、概念(表現)が変更された点への対応もあります。
例えば、瑕疵担保責任については、債務不履行責任の一環と整理され、「目的物の隠れたる瑕疵」の概念(旧570条)は、目的物が「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない」場合(契約不適合)という概念に置き換えられました(新562条等)。従来から事業部の担当者にとって、「隠れたる瑕疵」という概念は難しく、契約書を一読してもわからない部分であったと思われますので、改正民法に「隠れたる瑕疵」という概念は用いられなくなった以上、「契約不適合」の概念に即してひな型を修正することが考えられます。
契約書ひな型の改訂は多大な労力を要することが予想されます。それであれば、最低限の対応をするだけでなく、この機会を生かして、重要な条項の規定の仕方が取引の実情にあっているか等を見直すことができればと思います。

4 約款の見直し
社会において幅広く約款が利用されているにもかかわらず、現行民法には約款に関する特別な規定はありませんでしたが、改正民法は、新たに「定型約款」に関する規定を定めました。「定型約款」とは、「定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの)において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」と定義されています(新548条の2)。
各社において利用している約款や契約書ひな型の条項が、「定型約款」の定義に該当するかを検討し、該当する場合は、「定款約款」に関する規定を踏まえて、その内容を再検討する必要があるでしょう。
なお、「定型約款」に関する改正民法の規定は、施行日前に締結された定型取引に係る契約についても適用するとされていますが(附則第33条第1項)、これに反対する意思表示がされていれば、施行日前に締結された契約には適用されないことにご留意ください(附則同条第2項)。この意思表示は、公布日から起算して1年を超えない日(で、追って政令で定める日)以降であれば行うことができるものとされています(但し、原則的な施行日前に行う必要があります)。

5 社内マニュアルの改訂(運用実務の見直し)
改正民法に沿って、社内の運用実務を見直し、そのために、社内のマニュアル類を改訂する会社も多いでしょう。
例えば、現行民法では、連帯債務で1人の債務者に対する請求の効果は他の債務者に及ぶものとされ、連帯保証の場合も同様に絶対的効力が認められていました(旧434条、440条)が、改正民法では、連帯債務者や連帯保証人に対する履行請求は相対的効力とされました(新441条)。そのため、連帯債務者の1人に対する履行請求は、原則として他の連帯債務者に及ばず、連帯保証人に対する履行請求の効力は、主債務に及ばないことになりました。これに対する対応としては、履行請求に絶対的効力を認める旨の特約を設けるという契約上の対応も可能です(新441条但書)が、かかる別段の合意がない場合は、債権管理の実務を見直す必要があるでしょう。
また、改正民法では、新たな時効の完成猶予事由(現行民法における時効の「停止」という概念を改正民法は時効の「完成猶予」という概念に置き換えています)として、「権利についての協議を行う旨の書面による合意」を定めています(新151条)。従来、相手方が債務の存在を承認しているわけではないが協議を行う意思はあるというケースについて、時効期間の満了前に時効中断のために訴訟提起を行わざるを得ないことがありましたが、今後は、「協議を行う旨の合意」を活用することが考えられます。

 

6 既存の取引、締結済みの契約についての対応
施行日前にされた意思表示や契約等について、新旧どちらの民法が適用されるかについては、附則に経過措置が定められており、例えば、施行日前に生じた債権の消滅時効期間や、利息についての法定利率は、「なお従前の例による」と定められていますので(附則第10条第4項、第15条第1項)、現行民法が適用されます。
長期間にわたる取引基本契約書などについて、改正民法の内容に合わせて改訂する必要はないとしても、従前の契約条件について見直したい条項がある場合は、この機会を生かして、改正民法を踏まえた修正提案と合わせて状況の変化に応じた修正提案を行い、取引条件の改善につなげることも考えたいところです。

以上