コラム

Column

第55回 マタハラ最高裁判決

1.マスコミでも大きく報道されましたが、平成26年10月23日、妊娠中の軽易な業務への転換を契機に降格させることは原則として男女雇用機会均等法(以下、均等法)に反するとする最高裁判決が出されました。概要は以下のとおりですが、最高裁の非常に強いメッセージを感じる判決です。

(1) 事案の概要(時系列)

H6.3月 理学療法士の女性X(上告人)が病院のリハビリ科に勤務

H16.4月 副主任に昇格

H18.2月 第一子出産後に職場復帰。副主任の肩書のまま。

H20.2月 第二子を妊娠し、軽易業務への転換を請求(労働基準法65条3項)

H20.3月 別部署に異動。副主任の肩書のまま。

H20.3中旬 異動の際に副主任を免ずる辞令を発することを忘れていた旨を事業

主が説明。Xは、渋々ながら了解したが、ミスのための降格と思わ

れないよう3.1付で遡って欲しいと希望。

H20.4月 3.1付で副主任を免ずる旨の辞令(本件措置)

H20.9月~ 産休及び育休

H21.10月 職場復帰

勤続期間がXより6年短い後輩が副主任の地位にあり、自分は副主任

に任ぜられないことを知らされたXは強く抗議、訴訟提起に至る。

(2) 判決理由の概要

①女性労働者につき、軽易業務への転換等を理由に解雇その他の不利益な取扱いをすることは均等法9条3項に反して違法であり、無効である。

軽易業務への転換を契機として降格させることは、原則として不利益な取扱いにあたる。例外的に、次のいずれかの場合には、法の禁止する不利益取扱いにはあたらない。

ア)労働者が自由な意思に基づいて降格を承諾したと認められる合理的な理由が客観的に存在するとき。

イ)降格させることなく軽易業務に転換させることに業務運営などの業務上の必要性から支障があり、諸般の事情に照らして、降格の措置が均等法9条3項の趣旨目的に実質的に反しないと認められる特段の事情があるとき。

最高裁は、事実経過を仔細に検討し、本件ではア)自由な意思に基づく承諾はなく、イ)につき審理が不十分であるとして広島高裁に差し戻しました。

ア)「自由な意思に基づく承諾」についての最高裁の判断

本件措置による降格は、軽易業務への転換期間中の一時的な措置ではなく、副主任への復帰を予定しない措置として行われた。しかし、副主任を免ずるとXに伝えたときには、職場復帰時に副主任に復帰できるかどうか説明した形跡がなく、Xは、妊娠中は副主任を免ぜられることを受け入れたにとどまる。自由な意思に基づいて降格を承諾したと認められる合理的な理由は客観的には存在しない。

イ)「業務上の支障など特段の事情」についての最高裁の判断

Xを副主任のままで軽易業務に配転した場合に業務運営に支障があるのか否か、及びその程度は明らかではなく、軽易業務への転換に伴い副主任を免ずる措置をとったことについて、業務上の必要性の有無・内容・程度が十分に明らかにされていない。

(3) 櫻井龍子裁判官の補足意見

裁判長である櫻井裁判官は、地裁と高裁では、職場復帰後の配置等が均等法9条3項に反するか否かも争われているとして、以下のとおり補足意見を付しています。

①育児・介護休業法は、労働者が育児休業の申し出をし、又は育児休業をしたことを理由に降格することも禁止している(10条)。

②軽易業務への転換が、妊娠中のみの一時的な措置であることは法律上明らかである。復帰後の配置等が降格にあたり「不利益な取扱い」となるか否かの判断にあたっては、妊娠中の軽易業務への転換後の職位等との比較ではなく、転換前の職位等と比較すべきことは同法10条の趣旨目的から明らかである。

③本件では、Xが職場復帰を前提に育児休業をとったことは明らかであったから、復帰後の配置を予め定めてXに明示した上他の労働者の雇用管理もこれを前提に行うべきであった。

 

2.この判決は、次の点で大きな意義があると考えます。

①軽易業務への転換を契機とした降格は原則として違法であり、例外的に違法ではない2つの場合を明示したが、その要件を厳しく設定。

②軽易業務への転換は、妊娠中の一時的な措置であることを確認。

③補足意見では、復帰後のポジションも予め本人に説明し、女性が復帰することを前提に他の労働者の配置等も決定するべきと指摘。

この判決を踏まえると、妊娠した女性従業員から軽易業務への転換の請求を受けた場合には、事業主としては、次の点に配慮する必要があると考えられます。

(1) 軽易業務への転換と降格により本人が受けるメリット・デメリットの内容・程度を検討する。一方で業務上の必要性があるのか、その内容程度を具体的に検討する。

→降格させる場合には特に慎重な検討が必要であり、また検討内容は書面の形で(第三者に対してもきちんと説明できるよう)残しておくことが望ましい。

(2)降格させるかどうかの決定をするにあたっては、業務上の必要だけでなく、本人のメリット・デメリットも併せて考慮する。

(3) 降格させる場合には、本人に対し、降格の期間(特に、職場復帰後には降格を解くのか否か)、復帰後の地位や降格の理由についても可能な範囲で説明する。

 

3.均等法や介護・育児休業法が制定されて随分経つにもかかわらず、いわゆるマタハラは、巷では広く横行しているのが実態です。筆者の知る範囲でも、育休を全く / 短い期間しか取れない、正社員からパートに変えられた、辞めるように言われた・・・など枚挙に暇がありません。いずれも、事業主から「打診」され本人が「希望・了承した」という形をとってはいますが、最高裁の言い回しを借りれば「これが自由な意思に基づいて承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」していたかというと、極めて疑わしいと考えます。

各地の労働局に平成25年度にはマタハラ関係の相談が3371件寄せられていますが、厚生労働省も、これは氷山の一角であるとみて初の本格調査に乗り出すことを決定しました(平成26年11月16日日経新聞)。

女性の社会参加を後押しする「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律案」は、第187回臨時国会に提出されたものの衆議院解散のため一旦廃案となりました。日本の国際競争力の低下や将来の財政破綻を懸念するのであれば、今ここにある人材をいかに有効活用するか、官のみならず民間企業も検討すべきものと考えます。