コラム

Column

第51回 認知症の家族が交通事故などを起こしたら?

先日、「認知症患者をめぐる法的責任と医療者の対応」というテーマで、医師や医療・介護従事者の方々を対象とした講演の機会をいただきました。

認知症患者と医療者の関わりとしては、認知症患者がより充実した生活を享受するために医療者はどのような診療上の義務を負っているのかという観点からの検討、あるいは、認知症患者が事故を起こした場合に、診断・治療・家族への説明の適否という観点から医療者が損害賠償責任を問われる場合はあるかという検討など、いろいろな切り口が考えられます。

講演では、具体的な事例として、認知症患者による鉄道事故についてJR東海が遺族に損害賠償を請求した訴訟の判決をとり上げ、徘徊による事故の防止のために家族がどのような義務を負っているのか一緒に考えていただきました。

 

(鉄道事故の事例)

認知症で要介護4と認定されていた91歳の男性が自宅から外出して徘徊中に、JR東海の駅構内で線路内に立ち入り列車に衝突して死亡しました。事故当日は、同居の85歳の妻と近くに住む長男の嫁が自宅にいましたが、妻が夕方うたた寝をしている間に男性が外出し、事故に至りました。

JR東海が振替輸送費や人件費など事故による損害約720万円の賠償を男性の遺族である妻と子に請求したのに対し、名古屋高等裁判所は、子の責任は否定する一方、男性の妻には男性に対する監督義務を怠った責任があるとして損害額の5割に当たる約360万円の損害賠償責任を認めました(名古屋高裁平成26年4月24日判決)。

 

(監督義務者の責任)

判決が妻に監督義務違反ありと認定したのは、法の枠組みをそのまま当てはめれば、さほど不自然な結論ではありません。

この事例では、男性は、認知症のため、「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態」にあったと認定されており、本人は損害賠償責任を負いません(民法713条)。他方で、被害者の救済の趣旨から、その場合には、「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」ものとされており、監督義務者は「その義務を怠らなかった」こと、または「その義務を怠らなくても損害が生ずべきであった」ことを立証しない限りは、損害賠償責任を免れないとされています(民法714条1項)。

この事例では、同居の妻が監督義務者であったとされ、その場合の監督上の過失とは、責任無能力者が実際に行った加害行為そのものに対する過失があることを必要とせず、「責任無能力者に対する一般的な監督義務違反があることをもって足りる」とされています。すなわち、線路内に立ち入ることや列車と衝突することについて具体的な予見可能性がなくても、「いったん徘徊した場合には、どのような行動をするかは予測が困難であり、本件事故のような駅構内への侵入も含めて、他者の財産侵害となり得る行為をする危険性があった」から、妻が出入口のセンサーを切ったままうたた寝をしていたのは「一般的監督として、なお十分でなかった」というのが裁判所の結論です。

裁判所は、このような判断の下に、妻に監督義務者として損害賠償責任ありとしました。

 

具体的な賠償額については、裁判所は、加害者側の事由として、男性が相当多数の不動産や5000万円を超える金融資産を有し妻はその2分の1の法定相続分を有していたことや、妻が長男の嫁の補助を得て男性のために相当に充実した在宅での介護を行っていたことを指摘し、他方で被害者側の事由として、駅での利用者等に対する監視が十分になされ、あるいはホーム先端のフェンス柵が施錠されておれば、本件事故の発生を防止することができたと推認されることなどを指摘して、「損害の公平な分担の精神に基づき」、妻が賠償責任を負うべき額は、損害額の5割に当たる約360万円が相当であるとしました。

 

この判決は社会的関心を集め、老老介護で疲れ果てた妻に損害賠償を命ずるのか、あるいは、家族が四六時中目を離さずに監視することは不可能であり、判決は認知症の患者を拘束したり監禁することを求めているに等しいといった批判もあったことはご記憶のところでしょう。

法律家の多くは、法の枠組みの中で当事者双方に配慮した判決であると評価すると思われますが、みなさんは、どうお考えになるでしょうか。

以上