色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第63回 懲戒処分の社内(氏名)公表について

2015/07/01

1.

 近年、パワーハラスメント(以下パワハラといいます)の事案についてのご相談が多く、企業としてもその対応に頭を悩ませておられることがうかがえます。パワハラは、セクシャル・ハラスメント(以下セクハラといいます)と異なり、部下への指導・監督の行き過ぎという事案も多く、それを完全に排除することは出来ないため、パワハラを巡る法律トラブルがなくなることを期待することは難しいのです。パワハラ防止のための管理者への研修を依頼されることも多いのですが、多くの聴衆の反応からは、自分のこととは捉えていないことが伝わってきます。

 こういう中、パワハラに対する懲戒処分を行った場合、そのことを社内公表すれば大きな再発防止効果が期待されます。その際氏名も公表すれば、その効果は一層大きいものといえます。パワハラの撲滅は難しいだけに、このような厳しい方法も必要ではないかと思われます。懲戒処分の氏名公表の可否については、使用者側の弁護士でも意見が様々なようです。そこで今回はこの点の法的な検討を試みたいと思います。なお、社外への公表はここでは触れません。

  

2.

 そもそも、この氏名公表はどういう点で法的に問題となるのでしょうか。プライバシー侵害ということも考えられますが、裁判例をみますと、裁判所は名誉毀損に該当するか否かの観点でみているようです。ご承知のように、名誉毀損は刑法230条※1で定められた犯罪行為ですから、民事上もその解釈がポイントとなります。特定の人が懲戒処分を受けたという事実を社内に告知することが「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損」することになる、ということはおそらく争いがないものと思われます。従って、懲戒処分の氏名公表は原則としては許されないと考えるべきです。では全く許されないかといえば、訴訟活動や報道活動など正当な業務活動の範囲内であれば許されますが、懲戒処分の氏名公表がそれに該当するとは考えられません。

 もう一つ許される場合としては、被害者の承諾がある場合が挙げられます。従って、懲戒処分の氏名公表についても懲戒処分をうけた本人の具体的な承諾があれば、許されることになるのですが、通常は承諾は得られないと考えられます。では就業規則上、懲戒処分の内容として氏名公表する場合がある、ということが規定されていればどうでしょうか。就業規則の効力について、最高裁は「当該就業規則が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、当該労働事件に同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」としています。懲戒処分は、その目的が再発防止にあり、氏名公表は再発防止に有効であると思われることからみれば、懲戒処分の氏名公表を認めた規定そのものが合理的でないとされる理由はないと考えられます。では、どのような懲戒処分についても、そしてどのような公表の内容(表現)、公表の方法でも許されるかといえば疑問です。

 懲戒解雇の事実およびその理由を記載した文書を従業員に配布し、かつ社内で掲示した会社の行為について「原告らが重大な不正行為をなしたことによって懲戒解雇されたかの印象を与える本件各文書の内容、半ば強制的ともいえるその配布、掲示の方法、その配布掲示にあたり原告らの名誉の尊重を顧みない被告側の意図をも考慮すると、結局本件各文書の配布、掲示は特にその公表方法、さらにはその公表内容において社会的に相当とは認められる限度を逸脱しており」として違法だとしたものがあります(東京地裁昭和52年12月19日判決、判例タイムズ362号259頁)。逆に、降格処分に関する社内告示をしたことについて、所定の掲示場所において、監督職でなくなることを知らせるだけのものであれば名誉を毀損する行為とは認められないとした裁判例もあります(広島高裁平成13年5月23日判決、労働判例811号21頁)。いずれも、判決文上、就業規則の定めには触れていないので、そのような規定はなかった事例と思われますが、参考とすべきでしょう。

 

3.

 まとめますと、懲戒処分について 会社が氏名公表をできる旨の規定が就業規則になければ、氏名公表は不可であり、仮に就業規則にそのような規定があった場合、氏名とともに懲戒事由と懲戒処分の内容を客観的に表示するというのであれば、すなわち、上記の違法とされた例のような公表でなければ可能ということになると思われます。

 ただ、日本の企業社会はドライではなく、職場の柔らかな人間関係を重視するという風土ですから、懲戒処分について個人名を社内に告知することは、仮に就業規則上の定めが調っていたとしても、逡巡される方が多いと思われます。従って、現実的には、就業規則上は氏名公表できる規定を設けた上で、実際の処理としては氏名を除く公表にとどめ、特別の事案についてのみ氏名公表に踏み切る、というのが穏当なところと思います。

 (なお、セクハラについては、被害者側のプライバシーの保護の問題という別の要素がありますので、更に検討を要するということになります。)

 

以  上


※1刑法230条1項 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

 

執筆者:夏住 要一郎

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