コラム

Column

第36回 消費者裁判手続特例法とは

(あらまし)
平成25年12月11日に消費者裁判手続特例法(消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律)が成立しました。
この法律が制定された理由は次のようなものです。たとえば、欠陥商品を購入した消費者(いわゆる「悪徳商法」などの被害者)がそれぞれ被った被害を回復しようとしても、相当な時間と費用がかかります。また、消費者と事業者との間には情報の質・量や交渉力の格差があり、消費者が自ら被害の回復を図ることには困難が伴うことが少なくありませんでした。そのため、これまでは消費者から裁判手続をとることを断念してしまうことも少なくありませんでした。
そこで、このような消費者契約に関して相当多数の消費者に生じた財産的被害を集団的に回復するための特別な裁判手続が定められたのです。ここではそのあらましを紹介します。

 

○ 背景―差止請求について
平成12年に制定された消費者契約法においては、平成18年の改正により消費者契約法第4条第1項から3項などに定める不当勧誘行為や第8条から第10条の契約の不当条項等について適格消費者団体(昨年末現在で全国で11団体あります)にこれを差し止める権限が与えられました。
具体的には、学校の入学金・授業料や結婚式場の利用料などのサービス料を一旦前払いで全額支払えば、後にサービスの提供を受けることがなかったとしても、サービス料の返還を請求できないものとする内容の契約を締結した場合において、消費者契約法第9条第1号の規定(消費者契約の解除に伴う損害賠償の約定に関して、平均的損害をこえる部分については無効とする)に基づき、その契約条項を差し止めるといった形で利用されてきました。そのほか賃貸借契約に関して消費者契約法の規定に基づく判断をした裁判例を根拠に差止めを求めるために利用された事案もありました(これまでに訴訟に至った件数は31件とされています)。
なお、消費者契約法の改正により、適格消費者団体はこのほか、特定商取引法(特定商取引に関する法律)第58条の18以下、景品表示防止法(不当景品類及び不当表示法)第10条、食品表示法(未施行)に基づき差止請求ができることとされました。いわば不特定多数の消費者の利益を守るため適格消費者団体に認められた差止請求ですが、その適用範囲が拡張されています。
ただし、このように不当行為の差止めを請求することにより被害の拡大を防止することはできましたが、損害賠償による被害の回復はできませんでした。

 

○ 消費者にフレンドリーな手続とは
今回の手続は、消費者に使い勝手のよいものとしての制度設計がされました。まず、消費者には法律的な知識が十分ではなく裁判の経験もない人は少なくないと考えられます。そこで、消費者にこの手続を使ってもらうための手法として、被害を受けた消費者が自ら主体となって訴訟手続をとるのではなく、その消費者に代わって国が認定した適格消費者団体が事業者に被害回復の訴訟を起こせるようにしました。まずは適格消費者団体が訴訟を行い、判決あるいは和解により一定の金額を受け取れる方向になった段階で、消費者は適格消費者団体に授権することにより手続に参加することとしたのです。なお、消費者がこの手続を利用することなく、これまでのとおり民事訴訟手続によりこの手続では認められない人身被害等の損害の回復を求めて自ら訴訟を提起することができます。

 

○ そのための方策(二段階型の訴訟手続)
以下のような二段階の手続がとられ、消費者は二段階目の手続に参加することになります。
第一段階・・・消費者の利益を適切に代表することができる者として内閣総理大臣の認定を受けた「特定適格消費者団体」が、事業者に対し、相当多数の消費者に共通する事実上および法律上の原因に基づき金銭を支払うべきことの確認を求める訴え(共通義務確認の訴え)を提起します。ここで、事業者に共通義務が存することが確認された場合には、次の手続に進みます。
第二段階・・・「簡易確定手続」において、個々の消費者から授権を受けた特定適格消費者団体が債権の届出をし、債権の存否及び内容について事業者の認否または裁判所の決定により確定させ、この簡易確定決定に対して異議がある場合には、異議の訴訟により確定させる。
具体的には次のような手順になります。①まず消費者が適格消費者団体に相談をします。②適格消費者団体が事業者に訴訟を提起して勝訴か和解をした場合(第一段階)には、③事業者から開示された顧客リストなどを使って同じ被害を受けた消費者に通知して被害回復の手続き(第二段階)に参加する希望があるかどうかを確認します。④消費者が適格消費者団体に授権をします。⑤授権を受けた適格消費者団体が裁判所に債権届出をします。⑥債権が確定されると消費者の個別の支払額が確定します。

 

○ 留意点1 対象事案が限定される
ただし、対象事件は、事業者が消費者に対して負う金銭の支払義務であって消費者契約に関する次のような一定の請求に限られます。

①債務の履行の請求
②不当利得にかかる請求
③契約上の債務の不履行に基づく損害賠償の請求
④瑕疵担保責任に基づく損害賠償の請求
⑤不法行為に基づく民法の規定による損害賠償の責任

具体的には、たとえば①ゴルフ会員権の預かり金などを不当に返還しない場合の契約上の債務履行請求や②経営実体のない会社の未公開株の購入勧誘といった詐欺的商法による損害賠償請求などで数十人以上が被害を受けた事案が想定されます。

 

○ 留意点2 回復される損害も限定される
また、対象は財産被害(典型的には欠陥製品などの購入代金)に限られ、「拡大損害」や「逸失利益」「生命身体への損害」や「精神的苦痛(慰謝料)」は除外されます。したがって、「航空機事故、列車事故、原発事故」などによって「人身損害」が生じた事案は、この手続では対応することができません。このようにこの手続を取ることによって消費者が回復できる事案と損害は限られています。

 

○ 本当に利用されるためには
この法律は、附則の第3条(特定適格消費者団体が事業者の事業活動に不当な影響を及ぼさないようにする方策の検討)、第4条(特定適格消費者団体による業務の適正な執行に必要な資金の確保、情報の提供等の支援の在り方の検討)、第7条(広報活動等を通じた国民への周知)については、平成25年12月11日(公布の日)から、それ以外の規定は、公布の日から3年を超えない範囲内で政令で定める日から施行されます。また、施行前に締結された契約に関する請求、施行前に行われた不法行為にかかる請求については適用されないとする経過措置が置かれています。
施行までの間、訴訟手続に関する最高裁判所規則、政令・内閣府令等が制定されますが、この制度の趣旨と内容については、たとえば「裁判員制度」の導入の際になされた周知広報活動のように、消費者・事業者を含めて国民に広く周知広報することが重要です。その意味で、制度としてハードはできましたが、今後の運用というソフト面でいかに消費者にうまく利用されるようにするかが今後の課題といえましょう。また、附則の第5条第1項では、施行後3年経過後に、被害回復業務の適正な遂行を確保する措置、対象となる請求および損害の範囲等この法律の施行状況について検討するという見直し条項が定められています。したがって、3年経過後において上記の消費者にフレンドリーな手続としての検証と見直しにより上記の留意点1及び2で述べた問題点が克服されるかも知れません。この点も期待されるところです。