色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第35回 風立ちぬ

2014/03/03

 堀辰雄は、小説「風立ちぬ」(注1)の表題の直後に、ポール・ヴァレリーの「海辺の墓地」という詩の中の«Le vent se lève, il faut tenter de vivre. »を引用し、これを「風立ちぬ、いざ生きめやも」と翻訳してこの小説のモチーフとしました。ところが、この翻訳は誤訳だとも言われています(注2)。直訳すると「風が立つ、生きることを試みなければならない」です。フランス語の原文は生きようとする強い意志を表しているとしか考えられません。しかし、「生きめやも」は、「生きようか(、いや生きはしない)」という意味で(注3)、意味が反対になっています。ただ、『風立ちぬ』のモチーフとしては、明らかに「生きめやも」でなければなりません。単なる誤訳なのか。それとも堀辰雄は、翻訳をしたように見せてこの小説にモチーフにあうフレーズを示したのか。残念ながら堀辰雄は何も言っていないので、謎のままです。いずれにしても西洋の文物を翻訳して取り入れることは難しいととは言えると思います。

 我が国の法律も西洋の法を継受したものですから、翻訳に伴う難しさを伴ってきました。初代司法卿江藤新平は、近代的法制度の整備に尽力した箕作麟祥に対し、「誤訳をも亦妨げず、唯、速訳せよ」と言って外国法の翻訳を督励したそうです。これに象徴される先人の努力の甲斐あって、我が国は驚異的に短期間で西洋法を取り入れることに成功しました。しかし、他方で、誤訳も妨げられませんでした。誤訳の例としては、現在でいう「訴訟係属」を「権利拘束」と訳したものが有名です(注4)。この原語は、ドイツ語の„Rechtshängigkeit“で、直訳すれば、「裁判所にかかっていること」です。ところが、「裁判所」と訳すべき„Recht(s) “を「権利」と考えて「権利拘束」と訳してしまったのです。民事執行法の「債務名義」も私はかなり誤訳に近いと思います。債務名義の原語は„Schuldtitel “です。„Schuld “は「責任」とか「債務」の意味で、確かに„Titel “は「名義」という意味もあります。しかし、„Titel “には「権限」とか「権限を示す証書」という意味もありますから、「債務証明書」とでも訳す方が原語のニュアンスに近くなります。もっとも、このような訳語の意味が分かり難くても、法律の中でその意味がきちっと定められていればあまり実害はありません。ところが、不適切な訳語のため、法律上の要件や効果に関して紛争になると困ります。手形法16条1項後段「白地式裏書ニ次デ他ノ裏書アルトキハ其ノ裏書ヲ為シタル者ハ白地式裏書ニ因リテ手形ヲ取得シタルモノト看做ス」の「看做ス」は通常の法令用語の反証を許さない「看做ス」ではなく反証を許す「推定ス」と同じに読むというのが判例通説です(注5)。日本の手形法は、為替手形及約束手形ニ関シ統一法ヲ制定スル条約(1930)に基づきその第1附属書「為替手形及約束手形ニ関スル統一法」をほぼ直訳したものです。正文の英語バージョンで「看做ス」に当たる部分は、“is deemed to”となっています(注6)。確かに“is deemed to”は、「みなす」と訳すことが多いのですが、必ずしも日本の法令用語のように一切反証を許さないという意味ではありません(注7)。手形法20条2項は「日附ノ記載ナキ裏書ハ支払拒絶証書作成期間経過前ニ之ヲ為シタルモノト推定ス」ですが、英語バージョンでは、この「推定ス」に当たる部分も“is deemed to”です(注8)。手形法の翻訳者は、同じ“is deemed to”について「看做ス」と「推定ス」とに訳し分けているのですから、手形法16条1項後段は「推定ス」と訳すべきだったということになります。

 最近では、企業法務で外国語特に英文の契約を扱うことも多くなりました。日本国内の取引で、日本法人同士が英文の契約を交わすことさえあります。また、日本語でも英文契約書の翻訳のような契約もよく目にします。そのような翻訳もどきの契約書中でちょっと気になるのが、英語の“Representations and Warranties”の訳語である「表明及び保証」という条項です(注9)。契約の用語は出来る限り、法律用語と同じものはその法律用語と同じ意味で使うべきです。ところが、日本法の民法上の「保証」という制度(注10)は、この“Warranties”とは違います。“Warranties”は、(もう少し広い意味ですが、)日本の法令用語では「性能保証」とか「担保責任」に近いものです。確かに適切な日本語訳がなく、日常用語としての「保証」があってそれと違和感がないので、「保証」という翻訳が定着したのかもしれませんが。

 前述のように、日本国内の取引について、日本法人同士が英文の契約を交わすような場合、準拠法まで外国法にすることがあります。私のように日本語かつ日本法に(のみ)堪能であり(?)、かつ通暁している(?)弁護士は大変肩身の狭い思いです。現在、民法の中核部分である債権法の改正作業が進んでいます。いっそのこと、日本民法なんかやめてしまって、よく使われるニューヨーク州法でも使った方がすっきりするのではないかとやけになってしまう今日この頃です。そうなったら弁護士三浦は生きめやも。

(注1)昨年アニメの「風立ちぬ」は大ヒットしました。しかし、私にとって「風立ちぬ」と言えば、スタジオジブリではなく、(ましてや松田聖子でもなく、山口百恵でもなく、)堀辰雄以外には考えられません。本文中で「風立ちぬ、いざ生きめやも」が最初に出てくる直前の、風で倒れた画架の方に「すぐ立ち上つて行かうとするお前を、私は、いまの一瞬の何物をも失ふまいとするかのやうに無理に引き留めて、私のそばから離さないでゐた。お前は私のするがままにさせてゐた」というくだりに純情だった三浦少年は心をときめかせたものです。私がスタジオジブリのアニメ映画を見たのは、偏に画架を前に立つ女性を描いたこの映画のポスターがあったからです。

(注2)大野晋・丸谷才一『日本語で一番大事なもの』(平成2年、中央公論社)。

(注3)「めやも」強い反語を表します。因みに「めやも」と言えば、額田王に対する大海人皇子の返歌「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我恋ひめやも」です。やはり純情だった三浦少年はこの大胆な歌に顔を赧らめたものです。

(注4)三ヶ月章「法と言語の関係についての一考察」『民事訴訟法研究 第七巻』(昭和53年、有斐閣)271ページ所収、「権利拘束」については292ページ。本稿はこの論文を読んだことでインスパイアされたものでもあることを告白しておきます。実を言うと「債務名義」についても三ヶ月先生がどこかで誤訳だと言っていたような気がするので探したのですが、見つけることはできませんでした。誰かご存じの方がいらっしゃれば教えてください。

(注5)最高裁判所判決昭和36年11月24日民集15巻10号2519ページ。法解釈を学ぶと、法律の条文が大切だと言う舌の根も乾かぬうちに、この条文は間違っていると教えられることがあります。これもその一例です。私は、このような法解釈の、よく言えば融通無碍、悪く言えばいい加減なところはもう一つ馴染めません。

(注6)手形法16条1項後段の英語の正文は、“When an endorsement in blank is followed by another endorsement, the person who signed this last endorsement is deemed to have acquired the bill by the endorsement in blank. ”です。

(注7)英文の契約を見るときはちょっと注意した方がよいと思います。“is deemed to”が使われているので、「みなす」だから良いだろうと考えていると、相手方からこれば“rebuttable”(反証可能)だと言われて足を掬われる可能性もあるからです。

(注8)手形法20条2項の正文は、“Failing proof to the contrary, an endorsement without date is deemed to have been placed on the bill before the expiration of the limit of time fixed for drawing up the protest. ”です。

(注9)「表明及び保証」は、M&Aの契約でよく使われます。各当事者がその取引に関連する諸事実を列挙してこれらが真実であることを表明し、契約締結時(又はクロージング時)にこれらが真実でなかった場合に表明した当事者に責任を負わせる条項で、なかなか便利な条項です。もっとも、これが違反について何らかの責任を負わせる規定であることは間違いないのですが、違反の場合、どのような責任を負わせるのかは(いくつかの先例となる判決が出てきたので大分とはっきりとしてきたものの、やはり)契約できっちりと決めておくべきです。

(注10)日本民法上の「保証」とは、主たる債務者が債務を履行しないときに、主たる債務者に代わって債務を履行しなければならない義務(保証債務)又はそのような内容の債権者と保証人間の契約(保証契約)のことです。法務省が公表する民法の英訳では、「保証」を“guarantee”と訳し、“warranty”は「担保責任」の訳語としています。因みに語源的には、ゲルマン語の“warranty”の祖先がフランス語に“guarantee”という形で取り込まれ、英語にまた入ってきたという経緯がありますから、2つの単語の元は同じです。

執筆者:三浦 彰夫

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