色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第28回 精神障害に起因する従業員の非違行為と懲戒処分について

2013/12/05

1.

 厚生労働省では、毎年「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」のまとめを発表していますが、平成24年度の発表では、同年度において「業務上」と認定した件数は475件と過去最高であり、この数は平成23年度の325件を150件も上まわるものです。メンタルヘルスの問題は、多くの企業で長期欠勤者の増加という形であらわれ、人事担当者としては、その原因(過重労働やパワハラなど)の防除に工夫するとともに、長期欠勤者への対応(休職や復職制度の運用、復職後の処遇など)に悩みを抱えておられるものと思われます。上記の統計資料は、このような問題が今後ますます深刻になる可能性があることを示しているといえます。

2.

 長期欠勤が所定の社内手続を経たものであれば、ルールどおり扱えばよいのですが、精神的不調者がこのようなルールを守らないまま長期間の欠勤を続け、その対処に困る場合があります。

 このような形で約40日間にわたり欠勤を続けた労働者に対して、会社が諭旨退職の懲戒処分をしたところ、懲戒事由である「正当な理由のない無断欠勤」に当たらないとして処分が無効であるとした最高裁判例(ヒューレット・パッカード事件、最小二平成24年4月27日、労働経済判例速報2148号)が出ています。いささか旧聞に属するもので恐縮ですが、この判決は話題を呼び、専門家の間でも評価が大きくわかれていますので、取り上げてみました。

 同判決の骨子部分をそのまま摘示すると

「このような精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である上告人としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば、上告人の就業規則には、必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとは言難い」

というものです。

3.

 この事件の労働者は、被害妄想等により、会社の内外で監視・いやがらせ行為を受けているとして欠勤を続けたというものですが、労働者自身は自らが精神的不調に陥っていることについては、裁判の前後を問わず認めなかったようです(1審・2審ともに、自らが精神的不調であることを認めた上での主張はしていませんし、判決文には医師の診断についての判示がないので、受診していないものと思われます。)

 そのような病識のない、あるいは病気であることを否定する労働者に対して“精神科医による健康診断を実施”した上で、今後の対応を決めるべきだというのは、いささか無理を強いている感があります。

 しかしながら、そのような場合であっても、このような判例が出ている以上、現実の対応としては、次のような点が重要となってきます。

 ①就業規則において、このような従業員に対して健康診断を命じることができる旨
 の規定を定める。

 ②精神的疾病について健康診断の実施を依頼できる医療機関とのパイプをもつ。

 (産業医は多くの場合、内科医であり、このような診断を求めることはできません)

 ③このような事案が生じた場合、迅速に健康診断を受けるよう命じ、これに応じな
 い場合は、その状況に応じた人事処分(普通解雇を含む)を検討する。

4.

 ところで、判決文によると、この労働者の被害妄想は長期欠勤の始まる3年程前からあったとされており、その内容(一審判決に詳細な記載があります)からみて、その間も同人の職場では様々のトラブルがあったと容易に推測されますが、そのようなトラブルの存在についての判示はありません。このことは、同人の職場では、同人の言動を原因とする芳しからぬ職場環境が相当期間にわたって続いていたにもかかわらず、使用者が十分な対応をとらず、偶々生じた長期欠勤をきっかけに退職させるという手段に出たものとも考えられます。もしそうであるとすれば、この事件で使用者が反省すべきは、懲戒処分の手続を怠ったこともさることながら、そのような職場の状態を3年間近くも放置していたことの方にこそあると思われます。

以 上

執筆者:夏住 要一郎

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