コラム

Column

第67回 ムーミン

昨年(平成26年)は、『ムーミン』シリーズ(注1)の作者トーベ・ヤンソン生誕100周年、記念のアニメーション映画が母国フィンランドで製作されました。ムーミン達はリヴィエラにバカンスに行き、ホテルで歓待されます。彼らは正に天然ですから、単純に好意から、歓待してもらえるものだと誤解します。それでいろいろやらかして、結局、追い出されることになり、多額の宿泊費等を請求されます。勿論彼らは無一文、さあどうしましょうというお話です。ところで、ムーミンパパは曲者です。ホテルでは、自らのことを「ド・ムーミン」とあたかも貴族であるかのように名乗ります(注2)。幼少期からの苦労人(?)のムーミンパパは、他のムーミンたちと違って当然ホテルの何たるかも知っていたであろう疑いがあります。

こういった展開を見ると、(法律家の端くれでもある)私は、刑法上の詐欺にあたるのだろうかとか、宿泊代を払わず、ムーミン達がフィンランドに帰って(逃げて?
)しまった場合、どうするのか、フランス(フランスとフィンランドの合作映画なので、おそらくフランスのリヴィエラに行っていたと考えられます。)で訴訟ができるのだろうかとか、訴状の送達は簡単にできるのだろうかとか、しょうもないことが気になるのです。でも、よく考えれば、ムーミンはトロル(注3)であって、人ではありませんから、現代では、被告人になったり、被告になったりはできません(注4)

。(まあ、ホテルの従業員も尻尾があったから人ではないだろうとさらに突っ込まれそうですが。)

中世ヨーロッパでは、人でない「もの」を当事者とした訴訟(動物に限らないのですが「動物訴訟」と呼んでおきます。)の例がたくさんあったようです。例えば、フランスで、子ブタに餌をやっていた幼児を母ブタが突き飛ばして喰い殺したという事件があり、訴訟の結果、母ブタは後ろ足で木に吊されて死刑に処せられますが、子ブタは、共犯性について審議の結果(「共犯性」ですよ!)、無罪となったという裁判の記録があるそうです(注5)。ヴィクトル・ユーゴの『ノートルダム・ド・パリ』には、エスメラルダの裁判で、ヤギの裁判のくだりとか、幽霊に対する裁判の話が出てきます。幽霊に対する裁判と言えば、穂積陳重『法窓夜話』に「幽霊に対する訴訟
」という節があって、昔のアイスランドで判決の言い渡しを受けた幽霊が「一々起立して立去り、その後ち再び出現しなかつた」というくだりがあります。こういった人でない「もの」に対する訴訟は、日本ではあまり見当たらず、ヨーロッパ特有のことであるとも言われています(注6)。

克服されたかのようなこの動物訴訟、最近では、原被告が逆転して、復活の兆しが見えます。アメリカでは、実験用のチンパンジーの解放を求める訴訟があったり(これはチンパンジーは人or ヒト(?) ではないということで却下されました(注7)。)
、「絶滅の危機に瀕する種の保存に関する法律(Endangered Species Act)」には、緊急性の高い自然保護訴訟について「誰でも」訴えることができるという条項があったりします。日本でも、環境関係の訴訟では、アマミノクロウサギを嚆矢しとして、ホッキョクグマなど様々な動植物が原告となって、訴えを提起しています(注8
)。日本の民事訴訟で、当事者となれるのは、人(自然人+法人)や抗告訴訟における行政庁、代表者の定めのある社団・財団といったものに限られていますから、こういった動植物が原告となった訴訟は当然に却下されます。つきつめて行くと、こういった動植物が原告となった訴訟は、その種に属する個体全体が当事者なのか、特定の個体が当事者なのかとか(注9)、その訴訟代理人と称する者がどうやってその代理権を証明するのだろうか(ヒトがその動植物のために訴えるなどというのはなかなか不遜な行為ではないかと私は思います。)とか、いろいろ興味はつきないのですが、いずれにせよ、日本においてこのような訴訟が認められるためには、何らかの立法的措置が必要です。ところで、ホッキョクグマの訴訟では、当事者席に大きな熊のぬいぐるみを置いていると裁判所がシロクマ(注10)は当事者ではないので、しまってくださいとか言ったとか。本物の大きなホッキョクグマが当事者席に座っていたらさぞかし恐ろしくて、裁判所もこんなのんびりしたことは言ってはいられないだろうと想像すると愉快になります。

 

(注1)「注」ではないのですが、一頃はすっきりとした体型となった私は、最近すっかりムーミン体型になりつつあります。妻はかわいいと言ってくれますが、このままでは早死にしそうです。

(注2)「ド」とは、フランス語の« de »で、英語の“of”に当り、地名と結びついて「どこどこ出の」といった意味です。ヨーロッパの貴族は、地元との結びつきが強いので、「ド」の名前が多いと言えます。日本でも地名が多くの場合名字となっていったことについては、「【法律コラム】第10回 中二病でも・・・」を参考にしてください。

(注3)トロルとは、北欧の野山に棲む謂わば日本の妖怪のようなものです。勿論ムーミンはカバではありません。設定では電話帳くらいの大きさだそうです。因みに「となりのトトロ」には、サツキとメイの「トトロって絵本に出てたトロルのこと?」、「うん。」という会話と二人が母親に、トロルの出てくる「3匹のやぎのがらがらどん」という絵本(かなりデフォルメされてはいますが)を読んでもらうシーンとが出てきます。トトロもトロルなのです。

(注4)言うまでもなく、「被告」とは、民事訴訟において、訴えられた方の当事者のことであり、「被告人」とは、刑事訴訟において犯罪の嫌疑を受けて公訴を提起(起訴)された当事者のことを言います。ある民事事件で被告の母親に対する証人尋問をした時、その被告である息子のことを「被告」と呼んだら、「被告なんて言わないでください」と反発されたことがあります。新聞でもそうですが、世間ではあまり区別していないようです。

(注5)池上俊一『動物裁判』(講談社現代新書、1990年)。本文にも出てくる穂積陳重『法窓夜話』にも簡単に触れられています。

(注6)徳川綱吉が、悪さをする大量のカラスを島流しにしたとか、朝鮮で、足利義持の贈った象が、自分(象のこと)を嘲笑した役人を踏み殺した事件で、本来ならば死刑のところ、罪一等減じて島流しになったといった逸話がありますが、中世ヨーロッパの動物裁判とは少し違っているように感じます。

(注7)チンパンジーは遺伝子的にはヒトに非常に近いのですが(ボノボの方が近いそうです。)、ヒトとチンパンジーの交雑は無理だろうと言われています。昔、オリバー君騒動というのがありましたが。

(注8)私が調べた限り、奄美大島のアマミノクロウサギ、オオトラツグミ、アマミヤマシギ及びルリカケス、霞ヶ関のオオヒシクイ、諫早湾のムツゴロウ、ズグロカモメ、ハマシギ及びシオマネキ、ハイガイ、大雪山のナキウサギ、生田緑地のホンドギツネ、ホンドタヌキ、ギンヤンマ、カネコトテタグモ及びワレモコウ、高尾山のムササビ、オオタカ等、西表島のイリオモテヤマネコ等、沖縄のジュゴン、タイマイ、アカウミガメ、アオウミガメ、上関のスナメリ、カンムリウミスズメ、ナメクジウオ、ヤシマイシン、ナガシマツボ及びスギモク、大間マグロ、ホッキョクグマ等々。外にもあるかもしれません。

(注9)日本語は、名詞の複数形が必須ではありませんし、冠詞というものがないので、種と個体について、やや無頓着な気がします。なお、ムーミンとは、トロルに属するムーミンという種名です。主人公のムーミンは、ムーミンという種の中の一個体です(イヌの子どもを例えば固有名のポチ君と呼ばず、イヌ君と呼んでいるようなものです。)。「ムーミン」シリーズにはあまり固有名詞が出てきません。フローレンは、スノークと呼ばれるムーミンとは異なった種のメスの個体です。原作では、固有名詞はなく、スノークのお嬢さんとしか呼ばれていませんし、ヘムレンさんは、ヘムルという種族の中の個体で後置定冠詞「エン」のついた「そのヘムル」という意味です。

(注10)「シロクマ」はもちろん「ホッキョクグマ」のことですが、「ホッキョクグマ」というのが正式です。ホッキョクグマは、北海道のヒグマと極めて近い種であって、交雑することが可能です。ホッキョクグマは、体毛が透明でたくさんの空洞があって、入射光が乱反射するので、白く見えますが、皮膚の色は黒です。ホッキョクグマの学名は“ursus maritimus”で「海辺の熊」といった意味です。私の家族は臭いと言ってあまり動物園が好きではありませんが、私は、動物園が大好きで、幼く純真な子ども時代(ひねた子ども時代という説もありますが)、上野動物園の園長になりたいと言っていました。