色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第70回 医療事故調査制度の開始

2015/10/29

1.

 ご承知のとおり,医療事故調査制度について定めた改正医療法が10月1日に施行されました。制度の内容や今後の運用については様々なセミナー等 で解説されていますので,ここでは,今後の運用の在り方について私見を述べたいと思います。

 

2.

 この制度は,横浜市大病院での患者取り違え手術事件,都立広尾病院での消毒薬の誤投与事件などが起き,福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた患者が死亡した件で産婦人科医師が逮捕されたことなどを契機に,検討が始められたものです。

 医療については全くの素人である捜査機関が,診療行為に過失がなかったかどうかという高度に医学的な専門性が求められる事柄について訴追権を行使することを避け,遺族だけでなく医療関係者にも納得のできる形で手続を進めて欲しいとの医療界からの要望を踏まえ,病院等が自ら事故原因を調査する制度として構築されました。

 

3.

 「医療事故調査制度」における医療事故とは,「病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し,又は起因すると疑われる死亡又は死産であって,当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして省令で定めるもの」をいい,この医療事故にあたるかどうかは,病院等の管理者が組織として判断するとされています。

 医療事故にあたると判断された場合には,院内調査が行われる上,遺族や病院等から依頼があった場合には,並行して,医療事故調査・支援センターによる調査が行われます。 

 一方で,病院等の管理者が医療事故にあたらないと判断した場合には,院内調査は勿論行われず,たとえ遺族が希望してもセンターによる調査は行われません。

 つまり,医療事故調査を行うかどうかは各病院等の管理者の自律的な判断に委ねられており,この制度が,当初の意図(冒頭で述べたとおり,素人である捜査機関により刑事事件として取り扱われることを可能な限り防ぎ,医療関係者にも納得のいく形で手続を進める)を達成できるかどうかは,今後の各病院等の判断次第であると言えます。

 

4.

 それでは,医療事故にあたると判断して院内調査を行うことは,病院等にとって,どのようなメリットがあるのでしょうか。「医療事故調査制度」に関する説明会などでは,調査結果に関する報告書は,(医療従事者の業務上過失致死事件という)刑事事件や,(病院等に対する損害賠償請求という)民事事件で当然に参照されるものではないため直接の関係はないが,然るべき調査を行ったとの評価を得ることができると説明されていました。

 私は,それだけではないように思います。

 患者が民事の医療事件を提起する場合,(制度上,そのような方法しかないため)損害賠償請求という形はとっているものの,真の目的は,家族が何故診療中に死ぬことになったのか,その経過や原因を知りたいという願いが根底にあると聞きます。身内が診療中に予期せずに死んだときに,病院等から丁寧な説明がなければ,(訴訟まで起こすかどうかはさておき)経過や死因を知りたいと願うのは,当然のことと言えます。本制度による医療事故調査が行われ,病院等が真摯に事故原因を調査し,誠意をもって遺族に対して説明すれば,それで腑に落ちる,納得するという遺族の方々も,相当程度の割合でいるのではないでしょうか。つまり,医療事故調査が行われ,その結果の報告を受けることで,真相究明のために民事医療事件を提起するケースは,少なくなるのではないかと思われます。

 一方で,医療事故調査を行ったところ,その原因が医療従事者による不適切な(⇒この点の調査や報告は制度の対象外ですが,自ずから推測されるケースもあろうかと思われます)診療行為にあったことが判明した場合には,医療事故調査を行ったがために病院等に不利益な事態になったと捉える向きもあるかもしれません。

 しかしながら,専門家を交えた院内調査(外部委員を入れるべきとされています)の結果については,当該病院等の医療従事者も受け入れやすいものと思われ,そうすると,調査結果を尊重した上で,遺族との間で示談解決に至るというケースも出てくるのではないかと思われます。

 これまでにも,医療事故が発生した直後には大きく報道された事案でも,病院が速やかに第三者を交えた事故調査委員会を設置して調査を行う等の対応をとったところ,メディアによる批判もなくなり,遺族との間では示談により解決に至り,また警察から検察庁に送致されることなく刑事事件としても終了した事例があると報告されています(自由と正義2015年9月号「医療事故調査制度 実務上の留意点,その他の展望―患者側弁護士の立場からー」)。

 先日,病院経営に携わる方と話す機会があり,病院にとっては,医療事故が起こりマスコミで報道されることによる売上げ減少は致命的なので,いかにして医療事故が起こらない体制を構築するか,また医療事故が起こったとしてもいかに風評による売上げ減少を防ぐかが,病院経営という観点から極めて重要であるとのご説明でした。上記の事例から希望的に観測すれば,然るべき院内調査が行われ,その結果について公表等(公表までするかどうかはケースバイケースの判断となりますが)が行われれば,マスコミによる批判も沈静化することが期待されるのではないかと思われます。

  

 また,病院等が,「医療事故」にあたるとして調査を行い,その結果を遺族に対して説明する,調査結果を踏まえて民事的にも然るべき解決に至ることができれば,裁判所に持ち込まれるケースも少なくなるのではないかと思われます。ひとたび民事の医療事件が提起されれば,関係する医療従事者,バックアップする事務担当者の負担は極めて大きく,一審判決に至るまで2~3年間は続きます。遺族との間で民事的に早期解決に至ることは,これらの方々の時間的,労力的また精神的な負担を大幅に軽減することができます。

 以上が医療事故調査制度の運用に期待するところであり,今後も注視してゆきたいと考えています。

執筆者:小林 京子

ページの先頭へ