色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第76回 医事紛争に携わってきて

2016/04/01

■これまでに

 昭和54年に弁護士登録して以来35年余り、医療機関側の代理人として医事紛争に携わってきました。古い資料は廃棄済みで正確な記録も残していませんが、裁判所に係属した訴訟事案だけでも百数十件お手伝いをしてきています。それ以外に裁判所の調停事件や訴訟外での示談折衝が相当件数あります。

 大学病院から医師一人の診療所の案件まで、それぞれのケースを通して医療従事者の方々からは、専門的知識だけではなく、弁護士の世界とは異なるものの考え方や人間関係など、得難い勉強をさせていただき、育てていただきました。

 

■長期間かかった例として

 大阪地裁に医事部(医療訴訟を集中的に取り扱う民事部)ができたのが平成13年ですが、その頃までは医療訴訟は審理に長期間を要するものが少なくありませんでした。私がお手伝いした事案でいえば、平成8年に訴訟提起された整形外科手術の事案のように、第一審判決が5年後の平成13年で、請求棄却の判決に対し敗訴した患者側が控訴して平成16年にようやく高裁で和解成立で決着をみた、という足かけ9年かかったものもありました。その案件は手術適応や手術手技が争点となり、地裁で鑑定が行われ、さらに高裁でも鑑定事項を整理し直して別の鑑定人による鑑定が行われるという経過をたどった事件でしたが、双方当事者の負担は少なくなかったと思われます。

 医療側でいえば、総じて医師のみなさんは多忙ですが、その中で過去の事件対応のために多大な労力、時間を割かざるを得ないのは誠にもったいないことであり、紛争予防の大切さと、早期解決の重要さをあらためて感じています。

 

■医療訴訟の現況は

 最高裁の統計データを見ると(いずれも概数)、医療訴訟の平均審理期間(訴訟提起されてから判決ないし和解まで、第一審だけの審理期間)は平成5年で42.6カ月でした。訴訟を起こされると、地裁段階だけでも実に平均3年半を要したわけです。

それが東京、大阪など大都市の地裁に医事部が発足し、審理促進への改善策がとられるようになって、平成26年は22.6カ月まで短縮されました。医事部のある裁判所での平均審理期間はもっと短いと思われます。

 裁判所に係属する医療訴訟事件数は、ピークと思われる平成16年には第一審の新受件数が全国で1,110件あったのが平成23年には770件、その後少し増えましたが平成26年は877件です。そのほか高裁に係属している事件もありますが、平均審理期間などを勘案すると、概ね全国で約2,000件の医療訴訟事件が裁判所に係属しているというイメージです。

 

■医事紛争は減ったか

 このように裁判所の係属事件数は一時期より減少していますが、医事紛争自体が減ってきているのではありません。裁判所に係属する事件は氷山の一角です。

 訴訟以外に、弁護士が関与する事案だけでも、裁判所の調停事件や裁判外での示談折衝で解決するものが相当数あります。さらに医療機関自身が日常対応されている事案を含めれば、顧問先などの法律相談でお聞きしている印象から考えても、紛争自体は決して減ってはいないと思われます。

 

■医療訴訟は患者側にハードルが高いか

 医療訴訟の判決での認容率(患者側の損害賠償請求が一部でも認められた、すなわち医療ミスありと認められた割合)は、平成19年頃までは約40%であったものが、その後は低減傾向にあり、平成26年は20.4%でした。では、医療訴訟は患者側にとって厳しくなってきているのでしょうか。

 そうではないと考えます。訴訟になった事件のうち、約5割は話し合いによる和解で解決しており、その中には見舞金程度の解決から法的責任を認めたレベルでの解決金支払いまであります。訴訟の審理を通じて、医療機関側も責任を争えないことを認識した事件は、それに応じた解決を図るようになってきています。

 判決まで行くのは4割弱であり(残りは取下げ等で終了)、患者側、医療機関側にそれなりの言い分がある、あるいは因果関係や損害の評価での見解の相違から損害金額について歩み寄れないといったものが判決にまで至っていると考えられます。

 さらにいうならば、そもそも責任のあることを争いにくい事案は、訴訟に至るまでもなく、それぞれの事案に応じた解決金の支払で示談解決されています。医療機関や医師の多くは賠償責任保険に入っていますが、損害保険会社も事案に応じた解決への柔軟な対応が進んできていると理解しています。

 そういうものを含めれば、医事紛争は、適切に、また早期に解決される傾向にあると考えてよいように思います。

 医療という専門性の問題、手術室がその典型ですが患者が認識できない場での出来事も少なくないことなど、確かに患者側にとって壁が厚いと感じられる部分もあるでしょう。しかし、専門性の問題は多くの紛争でも多かれ少なかれ伴うものです。手書きで判読しづらいカルテも電子カルテ化で読みやすく、日本語での記載も多くなってきています。

 

■紛争解決に向けて

 医事紛争には、医療自体をめぐるトラブルのほか、ベッドからの転落、配膳車との衝突といった施設事故もありますし、いわゆるクレーマー事案もあります。

 クレーマー事案がその典型ですが、弁護士が交渉窓口として関与することにより、医療従事者の労力やストレスは相当程度軽減できます。また、どのような類型の医事紛争であれ、弁護士が関わることで第三者的な目で事案の内容を評価し、解決の見通しを立てることも容易になります。交渉窓口が当事者ではないことで患者側とも冷静、客観的な折衝を期待できるメリットもあります。

 昨年10月から、死亡事案が対象ですが医療事故調査制度も始まりました。原因を究明し医療の安全と質の向上を目的とした制度であり、法的責任の如何を判断するための制度ではありませんが、死因に対する不審や疑問を払拭できて医療機関と家族の信頼関係が回復されれば、無用な紛争に進展することを避けられるという意味で、有用と期待しています。

 当事務所の若いメンバーとともに、相談や事件対応を通じて、ひきつづき紛争の予防と早期解決にお役に立てればと思っています。

以上

執筆者:間石 成人

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