色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第86回 贈賄防止体制における社内手続

2016/09/16

1 はじめに

  日本弁護士連合会は、2016年7月15日付けで「海外贈賄防止ガイダンス
 (手引)」(以下、「ガイダンス」といいます)を取りまとめました1。同連合会の
 ホームページによると、ガイダンスは「日本企業及び日本企業に助言を行う弁護士
 を対象に、海外贈賄防止を推進する上での実務指針に関する現時点でのベスト・プ
 ラクティス」として取りまとめたものとのことです。2011年以降、複数の日本
 企業が米国の海外腐敗行為防止法(FCPA:Foreign Corrupt Practices Act)違反
 で多額の罰金を科されたことや、2011年に民間企業間の商業賄賂も規制対象と
 する英国贈収賄法(UKBA:UK Bribery Act)が施行されたことを契機に、贈賄防
 止体制を整備した企業が多いと思いますが、最近は新興国での贈収賄行為の摘発も
 活発化していますので、これまでは贈賄防止体制を整備していなかった企業でも、
 現在検討を進めている場合があるかもしれません。そのような企業にとって、今回
 のガイダンスは、各国当局が公表しているガイドライン(日本では経済産業省が
 「外国公務員贈賄防止指針」を公表しています2)とともに、参考になる資料だと
 思います。

  なお、企業の中には、自社は海外に子会社がないので贈賄防止体制を整備する必
 要はないと考えているところもあるかもしれませんが、万一日本企業からの出張者
 が海外で過剰な接待や贈答を行い、これが贈賄行為に当たると判断されてしまう
 と、相手が公務員であった場合には従業員及び法人が外国公務員贈賄罪として日本
 国内で処罰される他(不正競争防止法21条2項7号、同法22条1項3号)、収
 賄者の国の法律でも処罰される可能性があります。また、海外では民間企業間の商
 業賄賂も処罰対象とする国が多数ありますので(中国、シンガポール、英国、フラ
 ンス、イタリア等)、相手が民間企業であっても、過剰な接待や贈答を行わないよ
 う注意する必要があります。そのため、多少なりとも海外でビジネスを行うので
 あれば、贈賄防止体制を整えておくのが良いのではないでしょうか。

 

2 贈賄防止体制を整備するにあたっての検討要素

  贈賄防止体制3を整備するにあたっては、接待、贈答及び招聘等(以下、「接待
 等」といいます)を実施する際に必要となる手続(以下、「社内手続」といいま
 す)を定めるのが通常ですが、社内手続は、法務部門のリソース、従業員の手間、
 接待等の件数、接待等を行う国・地域、接待等の内容等の諸要素を総合的に勘案し
 て設計しなければならない難しい問題です。ガイダンスには、「一定の接待・贈答
 を認める場合には、いかなる場合に、いかなる手続により認められるかを明確にし
 た上で、金額の上限につき、現地法上の上限がある場合にはその範囲内で上限を設
 定し、それがない場合には各社のリスク判断に基づき上限を設定し、それを超える
 場合にはコンプライアンス担当者の承認を要するなどの手続を策定する」と記載さ
 れていますが、これは社内手続の一例であって、この記載だけで具体的なイメージ
 を持つことは難しいかもしれません。既に贈賄防止体制を整備している企業につい
 て見てみると、概ね、①どのような接待等を社内手続の対象とするのか、②社内手
 続における決裁権者を誰にするのか、③どの時点で社内手続を要求するのか、④金
 額基準を設定するのかという視点により社内手続を整理できるように思いますの
 で、以下、各視点につき、どのような選択肢があるのか見ていきたいと思います
 (以下は筆者の個人的見解であり、同連合会の見解ではございません)。

 

3 各視点の具体的検討

 (1) ①どのような接待等を社内手続の対象とするのかという点についてですが、全
   ての接待等につき社内手続が必要とする企業と、一定の接待等に限って社内手続
       が必要とする企業があります。

        ガイダンスは、上限金額を超える接待等を行う場合にはコンプライアンス担当
       者の承認を要するという手続を想定しているようですので、一定の接待等に限っ
       て社内手続を必要とする立場のように読めます。社内のリソース不足により全件
       を対象とできない場合等にこうした限定をすることがありますが、このような限
       定を設ける場合には、リスクベース・アプローチ4により危険性の高い接待等が
       どのようなものかを調査して、危険性が高い案件が社内手続の対象外とならない
       よう注意する必要があります。

        一方、慎重な企業では接待等については全件を社内手続の対象としています。
       多数ある接待等の全てを社内手続の対象にすると聞くと大変な作業のように聞こ
       えますが、企業において接待等を行う場合には何らかの決裁手続(贈賄防止のた
       めではなく、金銭管理のために要求されるものです)が必要とされているはずで
       すので、その手続に贈賄防止の要素を加えることにすれば、さほど負担を増やす
       ことなく対応することができます。また、後述するように、案件によって決裁権
       者を分けたり、事前承認が必要な案件と事後報告だけで足りる案件を分ける等の
       工夫をすることでも、負担を軽減しつつ全件を社内手続の対象にすることが可能
       です。

   (2) ②接待等の決裁権者については、さらに2つの視点があります。1つめの視点
   は、どこで働く者を決裁権者にするのかという視点であり、大きく分けると、決
   裁権者を本社の従業員にするという選択肢と、接待等を行う会社(多くは現地子
       会社)の従業員にするという選択肢があります。前者は、グローバルに統一的な
       判断を行うという点を重視し、後者は、現地の慣習や相場は現地の従業員が一番
       よく分かっているはずであるという点を重視しているという違いがあります。そ
       の他には、地域統括会社や、現地の法律事務所に判断を委ねるという選択肢も考
       えられます。

          2つめの視点は、どの部門から決裁権者を任命するのかという視点であり、決
       裁権者を接待等を実施する部門(多くは営業部門)から任命するのか、それと
       も、法務部門やコンプライアンス部門(以下、合わせて「法務部等」といいま
       す)から任命するのかという選択肢があります。決裁の際に法的な判断が必要に
       なるという側面からは法務部門等からの任命が望ましいですが、接待等を実施す
       る部門こそが接待等の必要性や内容をよく知っているという側面もありますの
       で、そのようなメリットを活かそうとすれば、場面に応じて役割分担をしたり、
       共同で対応することも考えられます。

      決裁権者を誰にするのかはこの2つの視点の組み合わせで色々なバリエーショ
       ンが生じますので各社の実態は様々です。比較的小規模な企業では、全件につき
       本社の法務部門等が決裁をしている企業がありますし、子会社に十分な法務スタ
       ッフがいる場合には、全件につき接待等を行う会社の法務部門等を決裁権者とす
       ることもあります。上述した接待等を実施する部門の知見を活かそうとする場
       合、一定金額以下の接待等は接待等を行う部門のみで決裁し、その金額を超える
       接待等については接待等を行う部門と本社又は子会社の法務部門等とが協議して
       決裁をすることもあります。なお、子会社や接待等を実施する部門に決裁権限を
       与える場合、贈賄防止手続が十分に機能しないことも考えられますので、本社の
       法務部門等が定期的に事後チェックをしたり、接待等を実施する部門から事前相
       談を受ける体制にするといった工夫をすることが望ましいです。

   (3) ③どの時点で社内手続を要求するのかという点については、事前承認のみ必
       要、事後報告のみ必要、事前承認及び事後報告が必要という選択肢が考えられま
       す。安全なのは事前承認及び事後報告の両方を求めることですが、事後報告を接
       待費等の精算手続で代用することが可能であれば、事前承認のみという選択肢も
       取り得ます(この場合、事前承認時に予定していたより高額の接待等となった場
       合には、決裁権者にアラームが通知される仕組みとしておく必要があります)。

   (4) ④金額基準を設定するのかという点については、何について金額基準を設定す
       るのかによって色々な選択肢が存在します。例えば、①社内手続を要する接待等
       の範囲を画するために金額基準を設定する場合(例:基準金額以下の接待等は社
       内手続を不要とする)、⑵で述べたように②決裁権者を区別するために金額基準
       を利用する場合、③社内手続を要求する時点を区別するために利用する場合
       (例:基準金額以下であれば事前承認のみとし、これを超える場合に事後報告も
       必要とする)等があります。金額基準を幾らとすべきかというご質問を受けるこ
       とがありますが、このように金額基準には色々な機能があり、金額基準にどのよ
       うな機能を持たせるのかにより設定すべき金額が異なりますので、一律に幾らと
       いうことは難しいように思います。

          また、企業によっては、一回あたりの接待等の上限額を金額基準として設定し
       ていることがあり、ガイダンスはこのような意味での金額基準と社内手続の範囲
       (①)とをリンクさせているように思われます。接待等の上限額という意味での
       金額基準を設定する場合に注意しなければならないのは、少額の接待等でも繰り
       返し実施することで総額としては多額の接待等になる場合があるということで
       す。そのため、このような金額基準を設定する企業では、頻度や総額のチェック
       も必要となります。一方、金額基準が一人歩きすると危険である(従業員が、当
       該金額以下の接待等であれば贈賄にならないと誤解する可能性がある)として、
       一切金額基準を設定していない企業も存在します。確かに、接待等が違法か否か
       は金額で決まるのではなく、接待等が不正な目的によって行われたか否かによっ
       て決まりますので、このような考え方にも合理性があります。ここは各社の考え
       方が表れる場面であり、ご相談を受けていても中々興味深いと感じることが多い
       です。

          金額基準については、ここに記載した以外にも、各国毎の金額基準を設定する
       のかそれともグローバルに統一した金額を設定するのか、公務員等に対する金額
       基準を設けるのか、何を根拠に基準金額を設定するのか(公務員の倫理規程等に
       は基準となる金額のようなものが規定されている場合がありますが、それは多く
       の場合、組織に対する報告の要否に関する基準であって、接待等を受けてよいか
       否かの基準ではありません)、役職によって基準となる金額を変えるのか等、実
       際に制度を設計する上では検討しなければならない細かな問題がいくつも存在し
       ます。

 

4 結語

  以上、贈賄防止のための社内手続の概要について見てきましたが、社内手続は各
   社によって様々であり、非常にバラエティーに富んでいます。それは、各社が、自
   社の社風、業界の慣習、ビジネス分野、接待等を実施する地域、接待等の相手方、
   接待等の内容等を慎重に検討して、自社にとってどのような危険性がどこに存在す
   るかをよく見極めた結果だと思います。贈賄防止体制は一つの定まったモデルを導
   入すれば終わるのではなく、企業の実情に合わせてオーダーメイドで設計し、必要
   に応じて修正する必要があります。そのためには、自社の置かれたビジネス環境等
   を考察することが不可欠であり、これにより今まで気づいていなかったリスクを発
   見することも珍しくありません。
 
 

以 上

________________________________

1
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2016/160715.html

2
http://www.meti.go.jp/policy/external_economy/zouwai/overviewofguidelines.html

3

贈賄防止体制を整備する際は、海外での贈賄防止のみならず、国内の贈賄防止も含
めたグローバルな贈賄防止体制を整備するのが一般的ですので、ここでもそのような
前提で記載しております。

4
リスクベース・アプローチについては、経済産業省の「外国公務員贈賄防止指針」
の7頁~9頁に説明があります。

執筆者:嶋野 修司

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