コラム

Column

第88回 パブリックコメントとアミカスキュリエ(法廷の友)

1 弁護士会の委員会活動で広報を担当していると、事務局がパブリックコメントの
募集状況を知らせてくれます。それをみると、行政の分野では、国・地方を問わ
ず、日々、細部にわたる膨大な数のパブリックコメントが実施されていることがわ
かります*1。

昔は役所が勝手に決めていた(?)ことも、最近はなんでも「民意をきく」(とい
うカタチをとる)ようになっており、まさに「知らしむべし、依らしむべからず」
の時代だなぁと痛感させられます。

 

2 では、司法の分野ではどうでしょうか。裁判所が係属中の個別事件の審理に際
し、広く一般の意見を聞くということはあるのでしょうか。

裁判所の役割は個別紛争の解決であり、それに必要な「事実の認定」と「法の解
釈適用」はいずれも裁判所の専権事項とされています。

しかし、裁判官も神様ではありませんから、最先端の専門技術的な事項などは、
いくら証拠調べを行い合議を尽くしても、やはり、ほんとにこれでいいのかな?と
不安がよぎることもあるのではないかと思います。

憲法によって独立が保障された司法権ですから、「裁判官は当事者(原告・被
告)双方から出された主張と証拠をみて、自分が正しいと思う判断を示せばいいん
だ」と割り切ることも可能でしょうが、ITをはじめとする技術分野は日進月歩(秒
進分歩?)で、ビジネスの世界は急速にグローバル化が進んでいますので、誠実な
裁判官であればあるほど、「より正しい判断をするために広く一般の意見もきいて
みたい」と思うこともあるのでは…と想像します。

 

3 いささか旧聞に属しますが、以前、知的財産高等裁判所(知財高裁)の事件に関
して次のような報道を目にしました*2。

 

   「知的財産高裁は23日、他社に特許を使わせる際の条件など訴訟の争点に
    ついて、一般から意見を募ることを決めた。日本の裁判所が係争中の民事訴
    訟の審理で、一般の意見を募集するのは初めて。
         専門的で過去に判例のない争点について、専門家や実務に詳しい業界関係
           者から広く意見を聞く必要があると判断。司法判断にあたってビジネスの現
           場の声を生かそうとする今回の試みは、知的財産に関わる人々の幅広い関心
           を集めそうだ。」

知財高裁は、平成17年4月1日、知的財産高等裁判所設置法に基づいて設置された
裁判所で*3、民事事件の控訴審のうち、「特許権、実用新案権、半導体集積回路の
回路配置利用権及びプログラムの著作物についての著作者の権利」(いわゆる「技
術型」の事件)の訴えは全国の事件が知財高裁に集中されています(同法第2条第1
号)。

したがって、知財高裁には特許紛争をはじめとする最先端の技術紛争が持ち込ま
れ、その判断は国内にとどまらずグローバルに発信されます。その意味では、知財
高裁の判断(とくに大合議事件)は世界の技術分野に影響力を及ぼすと言っても過
言ではありません。

上記報道の背景にはこのような事情があるものと思われます。

 

4 アメリカでは、裁判所に対し、当事者および参加人以外の第三者が事件の処理に
有用な意見や資料を提出する「アミカスブリーフ」という制度があり、アミカスブ
リーフを提出する第三者は「アミカスキュリエ」(Amicus Curiae:裁判所の友)
と呼ばれているようです*4。

我が国にはそのような制度はありませんが、例えば、審決取消訴訟では、裁判所
から(当事者ではない)特許庁長官に意見を求めることができ(特許法第180条の
2)、通常事件でも、裁判所が専門委員*5や鑑定人の意見を聞くことはあります。
また、当事者が、学識経験者等の専門家の鑑定意見書を書証として提出すること
(私的鑑定)は普通に行われています(なお、私的鑑定に関してはいろいろおもし
ろいエピソードや弁護士倫理上の論点もあるのですが、ここでは割愛します。)。

しかし、上記報道のケースで特徴的なことは、① 裁判所の主導により、② 当事
者双方が、③ 国内・国外を問わず広く一般から意見を募集し、④ 有利・不利を問
わずそのすべてを書証として裁判所に提出することが申し合わされた点です*6。

そして、この、いわば「知財高裁版アミカスブリーフ」(?)の結果について、
判決*7では、次のように判示されています。

 

 「当裁判所は、同争点が、我が国のみならず国際的な観点から捉えるべき
    重要な論点であり、かつ、当裁判所における法的判断が、技術開発や技術の
    活用の在り方、企業活動、社会生活等に与える影響が大きいことに鑑み、当
    事者の協力を得た上で、国内、国外を問わず広く意見を募集する試みを、現
    行法の枠内で実施することとした。

     そして、… (中略)…とする見解(例えば、原判決の見解)については、
    妥当でないとする見解が多数寄せられた。意見の中には、諸外国での状況を
    整理したもの、詳細な経済学的分析により望ましい解決を論証するもの、結
    論を導くに当たり重視すべき法的論点を整理するもの、従前ほとんど議論さ
    れていなかった新たな視点を提供するものがあった。これらの意見は、裁判
    所が広い視野に立って適正な判断を示すための貴重かつ有益な資料で…(以
    下略)」

 

5 裁判への民意の反映、多数決原理と裁判所の果たすべき役割、専門知と適正な裁
判、AIやⅠoTなど急激な技術革新時代における裁判への信頼確保…。いろいろ
考えさせられる点を含んでいますが、かつて「孤高の王国」*8といわれた裁判所
も、時代とともにその姿を変えていくことをあらためて感じた次第です。

 

 


*1 最近の例では、「平成28年度『たらの卵』『干しするめ』及び『こんぶ調製品』の輸入割当てについて(案)」に対する意見募集について(公示日:2016/09/27、締切日:2016/10/26、担当課:経済産業省貿易経済協力局貿易管理部貿易審査課農水産室)というものもありました。

*2 日本経済新聞(速報)2014年1月23日23:55(ネット版)

*3 「我が国の経済社会において、知的財産の活用が進展するのに伴い、その保護に関して司法の果たすべき役割がより重要なものとなっているとの現状を踏まえて、知的財産に関する事件についての裁判の一層の充実及び迅速化を図るため、知的財産に関する事件を専門的に取り扱う裁判所を設置し、裁判所の専門的処理体制を一層充実させ、整備することを目的としたもの」とされています(知財高裁のHPから)。

ちなみに、知財高裁といっても「知財高裁」という独立した庁舎があるわけではなく、東京霞が関の合同庁舎内の通常法廷で審理されます。

*4 パテント2012  vol.65  No.3  82頁以下「日本版アミカスブリーフ制度の実現に向けて」(アミカスブリーフ委員会)

*5 2004年4月実施から実施された制度で、事件の内容の理解を深め、訴訟の進行をスムーズにするため、裁判官が特定分野の専門家から説明を受けるものです。喩えていえば、裁判官の家庭教師(?)でしょうか。

*6 双方代理人が実際に行った「意見募集のお知らせ」(双方代理人事務所のHPによる。)では次のように掲載されています。

    「書面の提出先・方法等

    下記の控訴人訴訟代理人又は被控訴人訴訟代理人のいずれか一方に、原本及
び写し2部の合計3部を郵送で提出して下さい。和文によらない場合は和文へ
の翻訳を3部添付して下さい(提出された書面は返還されません。)。書面
の提出を受けた訴訟代理人は、写しのうち1部を相手方に送付し、他の1部を
裁判所に書証として提出します。なお、裁判所に書証として提出した書面
は、原則として閲覧・謄写の対象となります(民事訴訟法91条)ので御留意
下さい」

 *7 知財高裁平成25年(ネ)第10043号債務不存在確認請求控訴事件、平成25年(ラ)第10007号特許権仮処分命令申立却下決定に対する抗告申立事件、平成25年(ラ)第10008号特許権仮処分命令申立却下決定に対する抗告申立事件、控訴人(被告)・抗告人(債権者)三星電子株式会社・被控訴人(原告)・相手方(債務者)Apple Japan合同会社

*8  朝日新書「孤高の王国 裁判所―司法の現場から」朝日新聞孤高の王国取材班(著)(1991年)