コラム

Column

第150回 YouTuberと動画撮影禁止請求事件

迷惑行為を繰り返すYouTuberを、「迷惑系YouTuber」と呼ぶことがあります[1]。迷惑行為の中身は、違法でないものも含めて様々ですが、最近、YouTuberが、店舗や病院などの現場[2]に「突撃」する撮影が、しばしば問題になるように思います。筆者の経験では、特に、病院、行政の庁舎など、撮影者と「突撃」先の施設に一定の関係があるケースでは、より深刻な問題になりやすいという印象です[3]

将来の動画投稿の差止め
この種の相談が「突撃」先の企業・病院などから弁護士に持ち込まれたとき、一般的には、すでに投稿された動画の削除、(発信者情報開示請求+)損害賠償請求、警察への被害相談などを検討しつつ、「裁判で将来の投稿を禁止する(差し止める)ことはできません。」という助言がされることが多いと思います。裁判所は、表現の自由を制約する将来の差止めには慎重だからです。2021年3月24日、東京地裁立川支部の裁判官が将来の投稿の差止めを認める決定をしましたが、報道[4]によれば、この決定の事案では、投稿者が「政治団体代表」であり、すでに裁判所から投稿者に投稿の削除が命じられていたにもかかわらず、「同様の活動をする意思は強固で、情報発信が継続される可能性は極めて高」かったようです。相当特殊な事案であり、裁判所は、現在も、将来の投稿の差止めには慎重であると考えるべきでしょう。

将来の撮影の差止め
ところで、現場に「突撃」するYouTuberの側には、「撮れ高」[5]を確保する(視聴者の関心を惹きそうな場面を撮影する)という狙いがあります。そこで、将来の動画投稿を差し止められないとしても、特定の現場での撮影を差し止めれば、事実上、将来の投稿が抑制される効果がありそうです。ところが、実務では、将来の撮影の差止めという法律構成が、十分に検討されていないことが多いように思います。
将来の撮影の差止めについては、最近、興味深い裁判例(千葉地裁令和2年6月25日判例地方自治466号13頁[6])が登場しました。事案を要約すると、原告船橋市が、被告YouTuberに対し、「平穏に業務を遂行する権利」に基づいて原告庁舎内における撮影の禁止を求めた、というものです。裁判所は、原告の「平穏に業務を遂行する権利」に基づき、被告に動画撮影の禁止を命じました[7]。業務妨害の差止めを認める裁判例はこれまでにも存在しましたが、個人の動画撮影の当否を正面から争点とし、差止めを認めた点に先例的価値があると思います[8]
裁判所の立場を考えると、そもそも建造物への侵入・不退去は刑法130条により禁止されていることなどから、将来の投稿の差止めと比較すれば、特定の現場における撮影の差止めを認めるほうが、ハードルが低いのではないでしょうか。特に、「突撃」先となる企業などにとって、将来の撮影の差止めを検討することは有益であると思います。本コラムが読者の皆様のご検討の一助となれば幸いです。

以 上

 


[1] 本文とは関係がありませんが、最近、北折充隆『迷惑行為はなぜなくならないのか?~「迷惑学」から見た日本社会~』(光文社新書)を読みました。2013年の本なので具体例は少し懐かしいですが(アルバイト先のコンビニの冷蔵庫に入った事件など)、客観的で興味深い分析でした。心理学の本ですが、「迷惑行為」と日々対峙する法務パーソンの方にもおすすめです。

[2] 例えば、企業の事業所・店舗、病院、行政の庁舎などが「突撃」先となりがちです。

[3] 撮影者と施設にもともと関係がなく、企業の不祥事を追及するためにその事業所・店舗に「突撃」する場合、ニュースとしての「旬」を過ぎれば、視聴者に注目されなくなり、時間の経過によって問題が解決することもありますが、撮影者と施設に一定の関係があり、個人的な動機に基づいて撮影している場合、撮影者にとって視聴者の反応は重要ではないので、時間の経過によって問題が解決しにくいように思います。

[4] https://www.sankei.com/affairs/news/210408/afr2104080010-n1.htmlなど。

[5] もともとは業界用語で、撮影した映像の中に成果物に使えるものが少ないことを「撮れ高が足りない」などと言っていたようです。

[6] 確定判決です。

[7] 判決の主文は、「被告は、船橋市庁舎(中略)内において、庁舎管理者の許可なく撮影をしてはならない。」です。

[8] この裁判例は、主に地方公共団体の関係者向けの雑誌に掲載されたことから、企業法務の文脈では、未だ有名でないように思います。