コラム

Column

第144回 アマビヱあるいはコロナ禍下の株主総会

コロナ禍により、大幅な自粛を余儀なくされるなど様々な防疫対策がとられ、私たちの生活は大きな衝撃(打撃と言ってもよいかもしれません。)を受けました。今後、これらについては十分な検証が必要となるのでしょう。で、妖怪好事家の私(註[1])にとって唯一喜ばしかったことといえば、愛すべき疫病退散の妖怪アマビヱ(註[2])が早々から人気者になったことです。アマビヱのことでこのコラムの一つや二つ埋めることはたやすいのですが、法律コラムと銘打つ以上、そうも行きません。そこで、少しは法的なことにも触れておきます。コロナの感染拡大で変わった「新しい生活様式」への対応として、法的に検討すべきものが実に多岐に亙って残されています。例えば、「働き方の新しいスタイル」への対応(テレワーク・在宅勤務等についての勤労条件)などもそうですが、これについてはまた別の機会に譲ることとして、ここでは、株主総会(特に6月総会)への対応について焦点を当ててみようと思います。

コロナ禍で当初予定していた株主総会の日程が困難な場合(計算書類等の作成、監査手続等の遅れ等)の対処として、定時株主総会の延期(基準日の変更)や継続会の利用(計算書類等の報告は継続会で行うこと等)について、早い時期から役所のお墨付きが出ており、これを利用した会社もありました。しかし、やはり株主の眼があるので、数が少なかったようです。
株主、株主総会運営に従事する者等の安全確保という観点で、株主総会への株主の来場の制限するための種々の措置も取られました。招集通知に「株主総会当日のご来場をお控えいただきますようお願い申し上げます」といったお知らせを入れて来場者を絞る試みは多くの会社でされていて、その他の施策(お土産をなくすとかネット配信する等)と相俟ってかなり奏功したようです。勿論出席株主数が前年とあまり変わらないところもありましたが、多くの会社で出席者は激減しています。これもソーシャル・ディスタンスを保つという観点からやむを得ないことだったのでしょう。会場でも、座席の間隔をあけるとか、マスクの着用をお願いするとか、医療関係者を配置して、検温等をするとかいろいろの工夫をされていました。幸いなことに、あまり混乱もなく株主総会が開かれたところが大多数だったようです。座席が少なくなっているため、会場に入りきれない株主が出てくるとか、マスクの着用を拒む株主が出てくるわけで、その対応などに臨機の措置が問われることになります。コロナが重篤な後遺症を伴うリスクがあると言われたり、病態が十分に解明されていなかったりする状況では、会社側は施設管理権を行使して、マスクをしない株主の入場を断ることもできそうです。他の株主からマスク無しの出席者がいる会場には入りづらい、株主の権利行使を実質的に奪うものだといったクレームもあり得ます。もっとも、現時点で振り返って見てコロナの影響がこの程度であったことからすると、コロナの状況とか、マスクをしない理由等にもよるでしょうが、マスクをしていないことだけを理由として来場を断ることにもリスクがあることは否めません。LCCのピーチ・アビエーションがマスクの着用を拒んだ搭乗者を飛行機から降ろしたことがありますが、この場合も単にマスクをしないから降ろしたのではなかったように、安全上の支障があったからこそ、搭乗を拒否できたのですし、そのために到着が2時間以上遅れることになってしまいました。難しい判断が求められるところですが、マスクをしない人のための仕切りのある専用ブースを置くといった対応案も考えられます。
株主総会の時間についても、感染リスクを低くするため、事業報告などを工夫するなどして、多くの会社でかなり(平均すれば半分程度に)短くなっています。

今年の6月の株主総会は、対応検討時にはコロナの第一波の最盛期だったのが、現実に招集通知を送りだすころには、第一波はかなり収まりかけていて、コロナに向けた厳しい対応の必要性について疑問なしとはしない状況でした。第二波は第一波以上の感染者が把握されていますが、いろいろなイベントの人数制限の要請が緩和されつつあるなどコロナ対応は大分と緩くなっています。いつまでコロナを警戒しなければならないかは分かりませんが、ワクチンが開発されるなど画期的なことがない限り、感染拡大状況、行政の方針、各社のおかれた状況(決議事項の種類、例年における事前の議決権行使の状況、株主提案の有無等)により来年も世間の対応を横目に対応を考えていかねばならないようです。
ところで上記のとおり、多くの会社で今年の株主総会の時間が短くなりましたが、私は、(個人的意見ですが、)かねがね事業報告で延々と計算書類等の数字を読み上げるのはどうかと思っていましたから、感染対策とは関係なしに、簡潔で分かりやすい株主総会の工夫は続けるべきだと思います。また、さすがにあまり進展はしなかったようですが、ヴァーチャル株主総会といったことも今後検討していくことになるかと思います。

私は、アマビヱの根付をお守りとして持っています。アマビヱさんが少しでも役に立つ予言をして今後を導いてくれればよいのですが。


[1]  妖怪研究家と自称したいところですが、著作もない以上、好事家に甘んじることにします。私は幼いころから異形のものに惹かれ、妖怪、怪獣等が大好きです。これも幼い子供にはありがちのことと思いますが、いい年をしてそれを拗らしているのは少し恥ずかしい気もします。

[2]  アマビヱは、江戸時代の終わりごろ、肥後国現在の熊本県の海に現れ、「私は海中に住むアマビヱという者だ、当年から6か年の間諸国は豊作である。しかし、病が流行する。早々に私を写し人々にみせなさい」と言って海中に消えたとかいう妖怪です。後にも先にも出たことはないので、マイナーな妖怪で、「アマビコ」という妖怪の誤記ではないかという説さえあります。もしご存じないなら厚生労働省の接触確認アプリCOCOAの起動画面に一瞬現れるあれです。そもそも出現後、疫病が流行したという記録はないので、客観的には予言は外れています。少し前に現れた姫魚(ヒメウオ)という妖怪はきっちりと江戸時代末のコレラの流行をあてましたから、こちらの方がご利益がありそうな気もします。もっともアマビヱは愛嬌のある姿ですが、姫魚は少し不気味な姿なので人気は出にくそうです。このように世間に知れるようになったことは、高飛車で予知能力はあってもあまり役に立たない、愛すべきであってもろくでもない妖怪アマビヱとしては望外の出世ではないでしょうか。(でも私は高飛車な人(含妖怪)は苦手です。なお高飛車というのはゲゲゲの鬼太郎のアニメに出た時の設定にすぎませんが。)ところで有名(?)なアマビヱの唯一存在する木版画(1846年ころのもの)の実物は京都大学附属図書館に所蔵されていますが、私は、コロナの自粛明けに、姫路の兵庫歴史博物館の特別展「驚異と怪異-モンスターたちは告げる-」で展示されていたので、早速見に行ってきました。