色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第129回 医療事故への対応と医療事故調査制度をめぐって(2)

2019/09/02

12.遺族への説明
 医療機関は、医療事故調査・支援センターへの報告に先だって、遺族に対して、「医療事故調査の項目、手法及び結果」などを説明しなければなりません。遺族への説明は、書面でなく口頭でも差し支えありませんが、正確な説明で遺族の理解と納得を得るためには多くの場合、書面で行うべきでしょう。調査報告をそのまま開示する方法や説明用の要約版を交付する方法を事案に応じて選択すればいいでしょう。
 センターの年報によれば、2018年12月までの累計で、遺族に対する口頭説明ありが73.8%で、調査報告書ないし説明用資料の交付ありが71.9%です。
 厚労省は、遺族との関係について、センターは、遺族から「医療事故」ではないかといった相談があった場合は、遺族の求めに応じて、相談の内容等を病院等に伝達するものとしています。また、医療機関に対しては、遺族から「医療事故」が発生したのではないかという申出があった場合に、「医療事故」には該当しないと判断した場合には、遺族に対してその理由をわかりやすく説明するものとしています。
 厚労省の指摘を待つまでもなく、遺族との信頼関係を維持あるいは取り戻して紛争化を防止するためには、丁寧な対応が必要でしょう。

13.院内調査結果の報告件数
 センターへの院内調査結果の報告件数は、前述のとおり3年余りの累計で908件で、患者の死亡から「医療事故」発生報告までの日数、すなわち「医療事故」の判断に要した日数は平均58.4日、院内事故調査は平均275.5日(死亡から院内調査結果報告までの平均日数は333.9日)です。
 制度の対象となる「医療事故」か否かの判断や、院内事故調査に当たって種々の苦労が伴っていることが推察できます。
 院内調査に当たって再発防止策の検討を行った場合には、管理者が講ずる再発防止策について記載するとされていますが、センターの年報によれば、院内調査報告書に再発防止策が記載されているものは、2018年12月までの累計で92.6%です。

14.センター調査
 医療機関は、院内調査ではなく、医療事故調査・支援センターによる調査(センター調査)を依頼することもできます。
 医療機関から「医療事故」の報告があった場合には、院内調査が終了したかどうかその時期を問わず、遺族もセンター調査を求めることができます。
 センター調査の結果は、医療機関と遺族に報告されます。
 院内調査結果報告件数の累計908件のうち、センター調査対象となった事例は81件(8.9%)であり、そのうち遺族からの依頼が65件、医療機関からの依頼が16件でした。
 医療機関からの依頼理由は、「死因が明らかでない」、「院内調査結果の検証をしてほしい」、であり、これに対して遺族からの依頼理由は、「院内調査結果に納得できない」168件(1つの事例で複数の依頼理由がある場合は重複計上された累計)、「院内調査が進まない」3件、「院内調査では信用できない」6件です。

15.医療事故が起こったら
 診療や施設管理などに関わって医療上の事故が発生した場合の対応は、各医療機関で策定した医療安全管理指針や事故対応マニュアルなどに従って、患者の安全確保を最優先に進められることになりますが、これと並行して的確な記録の整理・保存も重要です。
 事故に関する事実経過を正確に把握するためには、診療経過が事実どおりかつ詳細に診療記録に記録されていること、使用された器材、薬剤、モニター記録など事故に関わる物品やデータが適切に保存されている必要があります。
 特に急変による緊急の対応を要した場合には、診療記録に症状所見、測定したバイタルサイン、行った処置などに関して経時的で正確な記載が十分になされていない場合もあり得ます。紙ベースのカルテ、看護記録などの場合には、あとから改ざんしたと疑われないよう、追記や訂正の日時、理由も付記して診療に関する記録を整理しておく必要があります。
 筆者が携わった医事紛争の事例でも、アナフィラキシー・ショックによる急変への対応に追われて、患者の所見や救急処置に関する記録がカルテと看護記録で一致しない部分があるなど、正確な診療経過の把握と立証に苦労した例がありました。
 正確かつ詳細な医療記録を残すことは、診療経過を患者や家族に正確に説明し理解を得るためにも有用ですし、医事紛争になった場合の立証資料としても不可欠です。

16.医療事故の調査に当たって留意すべき点
 医療事故に関する調査報告書には種々のものがあります。
 本稿で対象とした医療法にもとづく「医療事故」調査制度での調査報告書のほか、日本医療機能評価機構が行う医療事故情報収集・分析・提供事業への参加医療機関として提出する事故報告書や、医療事故発生に対し医療機関が独自に内部で調査委員会を設けて調査・分析・評価・提言を行う場合など、その目的や調査の契機、調査手法、提出先は一様ではありません。しかし、いずれの場合も、原因を究明して再発防止策を検討し医療安全につなげることが目的に含まれていることは共通であろうと思われます。
 そのためには、医療従事者から正確で詳細な事実説明と忌憚のない意見が述べられることが前提であり、安心してヒアリングに応じられる状況を構築する必要があります。
 事情聴取に当たっては、対象者に、調査の目的と調査報告書の提出先、開示・公表の有無などを明確に説明する、責任追及を目的としない(また、責任追及のために利用しない)調査であれば、責任追及につながるような質問はしない、匿名性を確保すべき場合には聴取と記録の作成に当たってもその点に留意するなど、それぞれの調査に応じた注意点を洗い出し、共有することが必要でしょう。
 患者や家族から事故原因の究明を求められたことも契機に、外部委員も入れた事故調査委員会を立ち上げ事故調査報告書を取りまとめるような場合には、当該報告書(あるいはその抜粋)を患者側に開示して事故原因等の説明に用いることも少なくないと思われます。
 筆者が院内の事故調査委員会の外部委員2名(院外の医療専門家と法律専門家)の一人として関与した事例では、院内規程に従って原因究明と再発防止のための調査委員会が立ち上げられ、遺族からの疑問提示も踏まえて、事故原因だけでなく当該医療の適否にも踏み込み、再発防止への提言も含めた報告書が取りまとめられました。この報告書は遺族にも開示され、遺族からの希望で病院からの説明会も実施されました。この事例では、そのような報告書作成を目的としていることを説明して医療従事者からの事情聴取も行われました。

17.医療事故調査報告書の提出義務をめぐって
 民事訴訟においては、立証のために相手方や第三者が所持する文書が必要な場合に、その文書の提出を求めることができるという文書提出義務の規定を置いています(民事訴訟法220条)。
 訴訟当事者の実質的対等を保障するための規定ですが、医療訴訟においては、カルテ、看護記録、画像、検査データといった診療に関する記録がその対象とされます。診療記録は医療機関側にとっても、立証上不可欠のものですので、裁判所からの文書提出命令を待つまでもなく、医療機関側から診療記録を書証として提出するのが通常です。
 問題は、その症例について、院内で医療事故調査が行われたときの事故調査報告書の取り扱いです。民事訴訟において事故調査報告書が文書提出命令の対象となるのであれば、医療従事者に率直な経過説明を求めることや、原因究明と再発防止のための自由な意見交換が阻害され、医療安全を図るための事故調査に制約を来されかねないという懸念があるからです。
 民事訴訟法は、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」については文書提出義務から除外されると定めていますが(220条4号ハ)、医療事故調査報告書がこの自己利用文書に当たるのであれば提出義務から除外されることになります。

18.自己利用文書に当たるか否かについての裁判所の判断基準
 内部的に作成された文書についてその所持者が文書提出義務を負うかどうかに関して、最高裁は、銀行の貸出稟議書が対象となった事案で、
 (1) 「ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至る
   までの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成
   され、外部の者に開示することが予定されていない文書」であって、
 (2) 「開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思
   形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ず
   るおそれがあると認められる場合」には、
 その文書は民訴法220条4号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるとの判断基準を示しています(当該稟議書については、内部利用文書に該当するとの結論でした)。
 この判断基準は、たとえば次の裁判例のように、医療事故調査の報告書についても用いられています。

19.医療事故調査の報告書をめぐる裁判例
 私立大学の開設する病院での医療事故(抗がん剤の過剰投与による死亡)に関して遺族が病院と医師を相手方として損害賠償を請求した民事訴訟において、病院作成の医療事故経過報告書の文書提出義務が争われた事例がありました。
 裁判所は、前述の最高裁決定の判断の枠組みを踏まえた上で、
 ○ 上記(1)の点に関して、当該医療事故経過報告書は、事故防止の観点から病院の内
  部改善のために使用することが予定されたもので、外部の者に開示することは予定さ
  れていない文書に該当するとしましたが、
 ○ 上記(2)の点に関しては、報告書を「事情聴取部分」と「報告提言部分」とに分
  け、事情聴取部分は調査の過程で収集された資料であり、(2)に該当し文書提出義務
  を負わないが、報告提言部分は事実経過とこれに対する評価を客観的に記述したもの
  であり(2)のような不利益が生ずるおそれは認められないとして、除外文書には当た
  らないと判断しました(東京高裁平成15年7月15日決定・判例タイムズ1145号208
  頁)。

 医療事故調査と報告書の作成に当たっては、このような観点からの留意も必要でしょう。

                                     以上

執筆者:間石 成人

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