色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第129回 医療事故への対応と医療事故調査制度をめぐって(1)

2019/09/02

1.「医療事故調査制度」運用約4年を経過
 医療法にもとづく「医療事故調査制度」の運用が2015年10月に開始されて約4年を経過しました。
 この制度は、
 ・患者の死亡が調査対象の「医療事故」に該当すると医療機関の管理者が判断した場合
 には、遺族に説明したうえで医療事故調査・支援センターに報告し、院内での医療事故
 調査を行って、その結果を遺族に説明し、センターへ報告する
 ・「医療事故」としてセンターへ報告があった場合は、医療機関や遺族がセンターによ
 る調査を依頼することができ、センターによる調査結果は医療機関と患者に報告される
という流れで進められます。

 院内での原因究明と再発防止策の検討、および、センターが収集した情報の整理・分析により医療事故の再発防止に関する普及啓発を行うことで、医療安全につなげることを目的とした制度です。
 法律にもとづき初めて医療事故について報告と調査を定めた制度であること、医療機関(病院、診療所、助産所)であればその規模を問わず、すべての施設を対象とする制度であることなど、医療安全の確保のためにその機能を果たしているか、その運用状況が注目される制度です。
 これまで医療機関や医師の代理人として折衝、訴訟など医事紛争の解決に携わってきた立場から、医療事故が発生した際の紛争の予防や適切な解決という観点より、医療機関が「医療事故調査制度」を踏まえつつどう対応すべきかを考えてみます。

2.医療安全と医療事故
 「医療法」は、医療の安全の確保のための措置や、病院、診療所といった医療機関の開設・管理などについて定めている法律です。「医療を受ける者の利益の保護」と「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保」を図ることをその目的として掲げています(1条)。
 医療機関は、医療法にもとづき、医療の安全を確保するための指針の策定、従業者に対する研修の実施その他の医療安全確保のための措置を講じなければならないとされ(6条の12)、これに応じて、それぞれの医療機関において、医療事故発生時の対応に関する基本方針などを含めた医療安全管理指針を定めるなどの方策が講じられています。
 医療の場において生ずる種々の好ましくない事態(広い意味での医療事故)は、病気を対象として、その診察、検査、治療の過程で人の身体に対する侵襲的な行為を伴う医療機関においては、避けて通ることのできないものです。
 その原因を明らかにして再発防止策を講ずること、患者や家族との信頼関係の維持に努め、もし信頼関係が損なわれ医事紛争に至った場合には早期に適切な解決を図ることは、良質かつ適切な医療の提供のために不可欠のことです。

3.「医療事故調査制度」の目的と運用
 「医療事故調査制度」は、医療法において、「医療の安全の確保のための措置」の一つとして位置づけられる制度です。死亡や死産という重大な医療事故が発生した場合に、医療機関にその原因を明らかにするための調査と報告を義務づけて(6条の10)、再発防止につなげようとする仕組みです。
 当事務所の法律コラムでは、本制度の発足時に小林京子弁護士がその概要をご紹介しましたが、今回は、運用約4年を経過して、日本医療安全調査機構(医療法にもとづく「医療事故調査・支援センター」)の年報(機構のホームページで公開されています)での現況報告を踏まえながら、あらためて本制度の概要と現状をみていきます。

4.本制度の対象となる「医療事故」
 本制度による報告・調査の対象となる「医療事故」とは、「医療に起因し、又は起因すると疑われる」死亡(以下、死産も含みます)で、その医療機関の管理者が「予期しなかったもの」と定義されています(医療法6条の10)。
 死亡以外の事故は対象外であること、医療従事者に過誤があったか否かを問わないこと(すなわち、原因を究明して再発防止につなげるための制度であり、責任追及のための報告制度ではないこと)が特徴です。
 死亡を「予期しなかったもの」とは、死亡が予期されることを、①事前に患者または家族に説明していた、②医療従事者が診療録などの文書に記録していた、③事後の医療従事者からのヒアリング等によって予期していたと判断したもの、のいずれにも該当しないものとされています(医療法施行規則1条の10の2第1項)。
 ③は解釈に幅のあり得る要件ですが、厚労省のQ&Aではその具体例として、「単身で救急搬送された症例で、緊急対応のため、記録や家族の到着を待っての説明を行う時間の猶予がなく、かつ、比較的短時間で死亡した場合」、「過去に同一の患者に対して、同じ検査や処置等を繰り返し行っていることから、当該検査・処置等を実施する前の説明や記録を省略した場合」が例示されています。事前説明や記録がないことについて合理的な理由ある場合という趣旨でしょう。

5.対象となる「医療事故」かどうかの判断
 「医療事故」に当たるかどうかの判断は、その医療機関の管理者が行います。
 遺族には、「医療事故」であるとしてその報告や調査を求める権限は制度上は与えられていません。本制度は医療機関が主体的、自律的な立場から医療事故を調査し再発防止につなげることを前提とした制度だからとされています。
 本制度が発足3年を経過しての医療事故調査・支援センターへの「医療事故」発生報告件数は、2016年406件、2017年370件、2018年377件(2015年10月の制度運用開始から2018年12月までの累計は908件)と推移しています。月当たり30件程度です。
 医療機関(病院、診療所、助産所)全178,492施設のうち報告実績ありの施設数は807施設(0.5%)で、病床規模別の報告実績によれば、病床規模が大きいほど報告実績ありの割合が高い傾向がみられ、「900床」以上では報告実績ありが71.7%です。規模の大きな病院は重篤な症例を扱うことが多い結果だろうと思われます。
 人口100万人あたりの「医療事故」発生報告件数は、3.0件/年です。
 事前予測より少ないとして、その原因は本制度への医療機関の理解に十分でない点があるとの指摘があるのは気になるところです。本制度は、原因の究明と再発防止を目的とした報告・調査制度であり、「医療事故」に当たるかどうかの要件として、医療に起因すると「疑われる」死亡も含む点に鑑みれば、医療機関が原因究明と再発防止に消極的な姿勢を示す実態があるとすれば、遺族の不信感を解消し紛争の顕在化を防止するという面でも決してプラスではないと考えられます。
 家族が予期していなかった中での患者の死亡で、医療機関や医療従事者に対する疑念、不信感が生じるといった事態に対しては、適切な説明や原因究明を行うことでその疑念、不信感の解消に向けた対応に努めることが医療側の責務というべきでしょう。

6.本制度による報告の期限
 「医療事故」発生の報告と院内調査結果の報告は、医療事故調査・支援センターに対して行います(医療法6条の10)。
 「医療事故」が発生した場合には、「遅滞なく」報告しなければならないとされています(医療法6条の11)。「遅滞なく」とは、「個別の事案や事情等により、医療事故の判断に要する時間が異なることから具体的な期限は設け」ていないが、「正当な理由無く漫然と遅延することは認められないという趣旨であり、当該事例ごとにできる限りすみやかに報告することが求められるもの」と、厚労省は行政通知で解釈を示しています。
 センターの年報によれば、患者死亡から「医療事故」発生報告までの日数、すなわち「医療事故」であるとの判断に要した日数は平均58.4日です。

7.本制度による報告と調査の目的
 本制度による「医療事故」発生報告と事故原因調査は、原因究明と再発防止策の検討による医療安全の確保を目的としたものです。医療従事者に対する責任追及を目的としたものではありません。
 その点は、厚労省の行政通知においても、「本制度の目的は医療安全の確保であり、個人の責任を追及するためのものではない」と明示され、「調査の過程において可能な限り匿名性の確保に配慮する」、「ヒアリング結果は内部資料として取り扱い、開示しないこと。(法的強制力がある場合を除く。)とし、その旨をヒアリング対象者に伝える」とされています。

8.報告に先立っての遺族への説明
 医療機関は、医療事故調査・支援センターに対して「医療事故」の報告を行う場合は、あらかじめ遺族に対して、医療事故調査制度の概要や、医療事故調査の実施計画の概要などを説明しなければなりません(医療法6条の19)。
 死亡の原因究明には病理解剖や死亡時画像診断(Ai)が望ましい場合が少なくないと考えられますが、遺族からその同意を得るためにも適切な説明が必要でしょう。

9.院内調査と外部委員
 本制度による「医療事故」調査は、その医療機関が主体となって行う院内調査が原則です。
 調査に当たって医療機関は、「医療事故調査等支援団体」に対し、「医療事故調査を行うために必要な支援を求めるものとする」とされており(医療法6条の11)、院内調査に当たって外部の専門家の参加が基本であると解されています。
 「支援団体」には、医師会、病院団体、病院事業者、学術団体などがあり、外部委員の参加により調査の専門性、客観性、中立性を図ることができます。問題となる医療について、院内では、その診療科は当事者ないし強い利害関係のある立場でしょうから、実効性のある原因究明と再発防止のためには、外部の客観的、中立的な立場からの分析と提言が望ましいと考えられます。
 センターの年報によれば、院内調査委員会への外部委員の参加状況は、参加ありが2016年171件(78.4%)、2017年278件(86.6%)、2018年309件(85.6%)です。2018年の外部委員参加あり309件のうち、外部委員1名が62件、2名が120件で、残り127件は3名以上です。

10.院内調査と解剖、死亡時画像診断(Ai)の実施状況
 死亡の原因究明には、病理解剖やAiが有用な場合が少なくありません。
 2018年の院内調査報告件数361件のうち、解剖の実施件数は143件、Aiの実施件数は116件であり、その両方あるいはいずれかが実施されたのは204件(56.5%)でした。

11.調査報告書の提出
 院内事故調査が終了したときは、医療事故調査報告書をセンターに提出します。
 本制度は責任追及のための制度ではないことから、厚労省の行政通知において、医療事故調査報告書には、「本制度の目的は医療安全の確保であり、個人の責任を追及するためのものではないことを、報告書冒頭に記載する」、「当該医療従事者等の関係者について匿名化する」、とされています。
 院内調査報告書のページ数は、センターの年報によれば、2018年で、中央値9、平均11.2、最小1、最多157(いずれもページ)とのことです。
 院内調査報告書に事故調査に関して記載すべき事項として、法令では「医療事故調査の項目、手法及び結果」とのみ定められ、厚労省の行政通知でも、「調査の概要(調査項目、調査の手法)」、「臨床経過(客観的事実の経過)」、「原因を明らかにするための調査の結果」、「調査において再発防止策の検討を行った場合、管理者が講ずる再発防止策については記載する」、「当該医療従事者や遺族が報告書の内容について意見がある場合等は、その旨を記載すること」といった程度しか示されていないこともあって、かなりのバラツキが生じているように思われます。

執筆者:間石 成人

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