コラム

Column

第125回 第三者委員会と秘密の保護

1 はじめに
2019年3月9日(土)、東京大学で「法曹倫理国際シンポジウム東京2019」が開催されました。テーマは、「秘密の保持ーその理論と実践」[1]。折しも海外では、トランプ大統領の元顧問弁護士が大統領の秘密を暴露し、「弁護士って、何でもしゃべるんだな」と誤解されかねない事態が生じています。
そこで、本稿では、上記シンポジウムでとりあげられたテーマのうち第三者委員会に関連する論点に絞って簡単にスケッチしてみたいと思います。
なお、以下の内容は、シンポジウムの発表者から多くの教示と示唆を受け、またそれに触発されたものですが[2]、あくまで筆者なりのまとめであり、内容の不正確さ等の文責はすべて筆者個人にあります。

2 第三者委員会と秘密
大きな企業不祥事が明らかになると、必ずといってよいほど「第三者委員会」が設置されます。その目的は、当該不祥事の「真の原因」を明らかにして再発を防止すること、企業の側からいえば、積極的に「説明責任」を果たすことによって自浄能力を示し、社会の信頼と企業価値の早期回復を図ることにあります。
したがって、第三者委員会は、徹底的に事実を調査して、不祥事の根本原因を究明しなければなりません。そのためには事実(fact)が何より重要です。パソコンに残されたデータや、何万通、時には何百万通ものメールの分析等(デジタルフォレンジック)に加え、従業員をはじめとする関係者に真実を語ってもらうことが不可欠となります。しかし誰しも自分に不利になり得ることは話したくないのが人情で(自己負罪拒否特権は憲法でも保障された国民の権利です。)、ヒアリングを受けた従業員等も、インタビューする弁護士が本当に秘密を守ってくれると信頼できなければ話してはくれないでしょう。ここに、守秘義務や通信秘密保護制度が必要とされる理由があります。

3 弁護士に話した秘密の保護
(1)弁護士の守秘義務
「弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。但し、法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」(弁護士法第23条)
この守秘義務は、利益相反・誠実義務と並ぶ弁護士のコアバリューといわれています。これは、弁護士が、他人の社会生活上の「悩み」やそれに関わる「秘密」を打ち明けてもらわないと、その役割を果たせない職業だからです。そして、守秘義務が弁護士のミッションに内在するものである以上、弁護士は、相談者から聞いた秘密は自分の胸のうちに秘め、墓場までもって行かなければなりません。いくつかの例外はあるものの、それが大原則です。もしその点の信頼を失えば弁護士制度そのものが根底から揺らぎかねません。
この点、上記トランプ大統領の元顧問弁護士と対極にあるのがレークプレザント事件のアルマーニ弁護士とベルゲ弁護士です。彼らは、被告人が犯した別の猟奇殺人の死体を自らの目で現認しつつ、一切公表せず、秘密を守り通しました。ただ、被害者の遺族や社会の激しいバッシングを受け、その後の人生は大きく暗転してしまいました。これは法曹倫理の教科書で必ず取り上げられる有名な事件ですが、世間の常識とは一線を画した「弁護士の職業倫理」の厳しさを示す実例です。“弁護士は、時にgo to jail(刑務所にいく)の選択も迫られるのだ”というルーバン教授(ジョージタウン大学)の言葉が印象的でした。
(2)依頼者・弁護士間の通信秘密保護制度(いわゆる秘匿特権)
守秘義務と似て非なるものが、通信秘密保護制度です。
守秘義務が「弁護士の」義務・権利に着目したものであるのに対し、通信秘密保護は、「依頼者の」側にフォーカスしたもので、ごく簡単にいうと、弁護士とやりとりした内容についてはその開示を拒絶できる、というものです。
もっとも、これは国により違いがあり、英国では、守秘義務が、依頼者と弁護士との内密のコミュニケーションを保護する“法的助言”秘匿特権であるのに対し、通信秘密保護は、その過程で作成されたワークプロダクトを証拠として保護する“訴訟”秘匿特権とされているようです。
わが国では、日弁連が、かねてより「依頼者が弁護士に相談した内容を民事・刑事訴訟手続、仲裁等の裁判外紛争解決手続さらには行政庁による調査手続等で開示を拒否することができる権利を保障する制度」の導入を提案してきましたが、まだ法律の明文はありません。ただ、今般、閣議決定された独禁法改正案では、業者・弁護士間での通信内容を記載したメモ等については審査官がアクセスしない制度が検討されており、今後の動きが注目されます。

4 調査報告書の非公表は許されるか 
ところで、わが国では、第三者委員会に関しては、日弁連がガイドラインを公表しており[3]、調査報告書は公表が原則とされています。しかし、企業活動のグローバル化が進展する中、はたしてそれを貫徹できるかが問題になっています。
そのきっかけとなったのが神戸製鋼のいわゆる品質データ問題です。同社は、この問題に関する第三者委員会の調査報告書を、米国のプラクティスに適合しないという理由で公表せず、会社が作成した要約版のみ公表しました。しかし、その評価をめぐっては賛否両論、大きく分かれています。
このような神戸製鋼の対応には事情があります。すなわち、品質データ問題に関しては、ディスカバリーやクラスアクション等、わが国と法制を異にする米国で莫大な損害賠償請求訴訟が提起される可能性があるところ、仮にガイドラインどおり調査報告書を公表した場合、通信秘密保護制度(秘匿特権)による保護を放棄したものとみなされ、「武器対等」であるべき民事訴訟において原告側に武器(事実的・法的に整理された情報)を与えて相手を利する結果となり、結局、企業価値やステークホルダーの利益を損なうことになりかねません。こう考えると、たしかに非公表にも理由がありそうです[4]
他方で、公表しない理由として、「米国で莫大な損害賠償請求を受け、訴訟で相手を利するかもしれない」というだけで社会は納得するでしょうか?真因を究明し、再発防止に向け自浄能力と説明責任を果たしたことになるでしょうか?このように考えると、米国のプラクティスに適合しないという理由だけでは説明として不十分なようにも思えます。
では、具体的にどうすればよいのか?ということですが、シンポジウムでは、1つの示唆として、「事実」(ヒアリング内容そのもの)と「再発防止策」とに分け、再発防止策のみを公表するというアイデアが提示されました。ただ、はたしてそれで十分なのか、意見が分かれるところです。
また、公表しない場合、その理由をどのように説明すべきか、つまり、莫大な損害賠償リスクを回避しつつ社会の信頼を回復するには、どういう説明の仕方が最も説得的か?と質問してみましたが、これはそんなに簡単に答えが出せる問題ではないことがよくわかりました。

5 最後に
何事もそうですが、多様化・複雑化した社会では「これが正解」「これさえやっておけば大丈夫」というア・プリオリの解があるわけではありません。逆にいうと、解は無限にあるともいえます。
他方で、よく「倫理の答えは1つではない」と言われますが、自社が置かれた状況や選択肢を具体的に詰めていくと(think small)、「これしかない!」という解に辿り着くこともあります。答えが決まらないというのは考えを詰めきれていないだけなのかもしれません。
調査報告書の非公表は許されるかという問題についても、グローバルな動向も含め広く情報を収集し、問題となっている不祥事の類型や内容、自社の置かれた具体的状況を踏まえ、公表した場合としない場合の得失、公表に代わる他の選択肢とその得失を具体的に検討していけば、自ずと1つの解に収斂するのではないかという気もします。
もちろん、そんな悩ましい事態に陥らないよう、不祥事の未然防止に努めることが第一ですが、世の中、何が起きるかわかりません。万一、不測の事態に至ったときは、私ども弁護士が、守秘義務や誠実義務といった職業倫理をコアバリューとして、全力でサポートします。皆さんのお役に立つことができれば幸いです。


[1] https://wp.shojihomu.co.jp/archives/event/20190309symposium
[2] 主催者代表の森際康友教授をはじめ、パネラーの片山達弁護士、田村陽子教授、我妻学教授、矢吹公敏弁護士ほか出席者各位から多くのご教示をいただきました。
[3]https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2010/100715_2.html
[4]文献として、NBL№1134号4頁以下の鼎談「第三者委員会と通信秘密保護制度」参照