色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第119回 内部通報制度の活用とコンプライアンス

2018/09/05

1 はじめに
 当事務所は、複数の企業や組織の内部通報制度の外部通報窓口を担当している。外部通報を受け、企業等の事務局と連携して対応をしていると、通報者が内部通報制度や外部通報窓口について正確に理解していないケースも多く、人事等への苦情のような通報も存在し、運用を担当している社内事務局の苦労が察せられる。
 しかし、近年の企業不祥事では、内部通報制度を有している企業において、内部通報制度が機能せず、不祥事の未然防止や早期発見ができていなかったことが明らかになり、内部通報制度を実際に活用することの重要性があらためて認識されている。
 そこで、あらためて、内部通報制度の意義、そして、同制度をどのようにコンプライアンス経営に活かしていくかについて述べたい。

2 企業不祥事と内部通報制度
(1)企業不祥事において内部通報制度が機能しなかった例
 最近発覚した不祥事の多くは、内部通報窓口を設置していた上場会社で発生したものである。内部通報制度が存在したにもかかわらず、それらが機能せず、不正が継続していた。
 例えば、東洋ゴム工業株式会社の免震積層ゴムの認定不適合に関する社外調査チーム「調査報告書」(平成27年6月19日)によれば、「約1年間、上位の幹部及び経営陣への情報の伝達が遅れており、その間、複数の従業員が本件の問題行為の疑いについて把握していたにもかかわらず、内部通報制度を利用した者はいなかった」とされている。
 株式会社東芝の第三者委員会「調査報告書」(平成27年7月20日)によれば、「経営トップ…の意向によって不適切な会計処理が行われている案件については、…内部統制は全く機能していなかった」、「内部通報窓口が設置されて…いたが、本案件に関する事項は何ら通報されていなかった」、「内部通報制度等による自浄作用が働かなかったのは、会社のコンプライアンスに対する姿勢について、社員の信頼が得られていないことも一因」と述べられている。
 また、一般財団法人化学及血清療法研究会の第三者委員会「調査報告書」(平成27年11月25日)では、「前理事長をはじめとする経営層自身が不整合や隠ぺいを指示又は承認するという状況では、内部監査や内部通報制度等の内部統制システムは無力であり、このような誤ったトップダウンが血漿分画部門全体に広がりかつ継続する不整合や隠ぺいの原因」「『化血研ヘルプライン』に…情報が寄せられなかった」と述べられている。
(2)通報に関する裁判例
 通報に関する紛争等も存在する。
 最高裁平成21年12月18日判決(民集63巻10号2754頁、労判993号5頁、パナソニックプラズマディスプレイ事件)は、大阪労働局に労働者派遣法違反の事実があると申告したことに対する報復等の動機から、それまで行っていなかったリペア作業に、他の従業員から隔離された状態で従事させたと認定し、上記申告に起因する不利益な取り扱いであり、不法行為にあたるとした。
 また、東京高裁平成23年8月31日判決(労判1035号42頁、オリンパス事件)は、取引先からの従業員の引き抜きについて、コンプライアンスヘルプラインに申告したところ、コンプライアンス室は通報者の秘密を守ることなく、通報者を明らかにして関係者から事情を聴取し、その後、通報者の内部通報を含む一連の言動を問題視し、業務上の必要性とは無関係に、主として個人的な感情に基づき、いわば制裁的に配転命令をしたと認定し、通報による不利益取り扱いを禁止した運用規定にも反するものであって、人事権の濫用と判断している。
 最高裁平成30年2月15日判決(最高裁HP、イビデン事件)は、親会社がグループ会社の役職員、契約社員等が法令順守に関する事項を相談できるコンプライアンス相談窓口を設置していたところ、子会社の契約社員が別の子会社の課長からつきまとい行為を受けているので事実確認等の対応をしてほしいと、上記契約社員の同僚が相談窓口に申し出たが、上記契約社員の上司がかかる事実は存しない旨の報告をしたこと等を踏まえて、上記契約社員に対する事実確認は行わず、本件申し出に関わる事実は確認できなかったとして調査を終了したことが認定されている(なお、最高裁は、契約社員本人からの申し出でないこと、相談の内容も、契約社員が退職後に事業所外で行われた行為であること等を理由として、子会社の契約社員に対する親会社の義務違反は否定している)。

3 内部通報制度をめぐる近年の動き
 上記2(1)(2)のように内部通報制度が機能不全を起こしている状況を受けて、内部通報制度を活用することの重要性があらためて認識されている。
(1)上場会社における不祥事予防のプリンシプル
 日本取引所自主規制法人は、上場会社の不祥事予防に関する基本的な原則をとりまとめ、平成30年3月30日に「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」を公表した。
 同プリンシプルの原則1は「実を伴った実態把握」であり、「自社のコンプライアンスの状況を制度・実態の両面にわたり正確に把握する」ことを求めている。そして、その解説1-3では、「本来機能すべきレポーティング・ラインが目詰まりした場合にも備え、内部通報や外部からのクレーム、株主・投資家の声等を適切に分析・処理し、経営陣に正確な情報が届けられる仕組みが実効性を伴って機能することが重要である。」とされている。
 企業においては、第1次的には、重要な問題・情報が現場担当者から経営トップまで、通常の業務上のレポーティング・ラインを通じて確実に伝えられる体制の構築が必要である。しかし、実際の不祥事の中には、部下から上司へのレポートが行われる過程で、各担当者が問題の所在を矮小化・曲解することによって、真に重要な問題・事実が経営トップらに伝わらず、その結果として経営トップらが不祥事の端緒を見逃したり、誤った認識をもつことがある。
 また、企業不祥事の中には、現場から経営陣へのレポーティング・ラインにおける上司が、不正行為に関与していたり、不正行為を黙認しているケースもある。こういった状況においては、通常のレポーティング・ラインにおける報告は、不祥事の予防や不正の芽の発見の端緒として機能することは期待できない。
 そのため、通常のレポーティング・ラインとは別に、内部通報制度の仕組みも設けて、不祥事の懸念が経営陣に正確に届けられるようにすることが重要であるとするものである。[1]
(2)内部通報制度に関する認証制度の導入
 平成29年6月の消費者政策会議(会長:内閣総理大臣)で決定された消費者基本計画工程表において、事業者の内部通報制度の実効性の向上を図るための認証制度を可及的速やかに実施することが明記された。平成30年4月には「内部通報制度に関する認証制度の導入について」の報告書が出された(内部通報制度に関する認証制度研究会)。それによると、平成30年秋頃を目途に自己適合宣言制度[2]を導入し、その運用状況を踏まえつつ、第三者認証制度[3]を平成31年度以降に導入する予定とされている[4]
 同認証制度は、「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」(平成28年12月9日消費者庁)[5]を踏まえ、内部通報制度を適切に整備・運用している事業者を高く評価することによって、各企業における一層充実した取り組みを促進し、企業価値の向上、消費者等の安心・安全の向上という効果を目指すものである。
 今後、自社のコンプライアンスの制度の1つとして内部通報制度を整備・運用していくにあたっては、同認証制度の40項目程度の審査基準にも留意するのが望ましい。
(3)公益通報者保護法の改正の審議
 公益通報者保護法の改正に向けた動きもみられる。
 公益通報保護法について、規律のあり方や行政の果たすべき役割等に係る方策を検討するため、平成30年1月内閣総理大臣から内閣府の消費者委員会に対して諮問が行われた。これを受けて、公益通報者保護専門調査会で審議が進められ、平成30年7月「中間整理」が公表された[6]
 保護する通報者の範囲や通報対象事実の範囲の見直し、内部通報体制の整備義務を課すことの是非、不利益取り扱いをした事業者に対する行政措置・刑事罰の導入の必要性等、多くの論点の検討状況が示されている。

4 内部通報制度を活用するために
(1)内部通報制度が機能しない要因
 内部通報制度が機能しない要因としては、以下のようなことが考えられる。
・内部通報制度が存在しても、その存在が十分に周知されていない
・内部通報制度の存在が認識されていても、情報提供者を保護する仕組みが不十分であ
 ることによる不信感や、通報しても的確な対応をしてもらえるという期待感をもてな
 い等から、制度が実際には活用されない
・内部通報のレポーティング・ラインの上位者によって情報が隠蔽され、上位機関まで
 報告されない
・不正行為の一端の内部通報はあったにもかかわらず、十分な調査、対応がなされな
 い 等
(2)通報に対する調査・対応は十分になされているか
 内部通報制度を運用している会社においては、自社の内部通報制度が社内に定着し、機能しているかどうか、まずは実態把握が必要になる。
 その際には、過去の通報に対し、どのような調査・対応がされたのか、その案件について、経営層に必要十分な報告がされているかの検証が必要だろう。通報者からの事情聴取をしていないとか、通報者と不適切な行為をしたとされる相手方の双方の言い分を聞くのみで真偽不明(不適切な事実までは認定できない)としている場合、その対応が十分なのかという疑義も生じる。不十分な対応しかされないなら、通報しても意味はないと受け取られかねない。また、調査の過程で、通報者の秘密を保護せず通報者名を告げるのは論外としても、通報者が特定されるような調査が行われることがあれば、それに接した従業員は、今後通報を躊躇することにつながりかねない。
 実際の通報に対する会社の対応を社員は見ており、その対応が不適切だと受け取られてしまうと、内部通報制度に対する信頼は失われ、以後、内部通報制度は機能しなくなる。従って、不祥事の芽の発見の端緒となり得る通報が、10件の通報中1件しかないとしても、それを発見するためには、すべての通報に対して、形骸化することなく、適切な運用がされていることが重要である。
 実効性のない内部通報制度は、行政当局やメディア等への外部告発につながり、より企業価値を毀損することにもなりかねない。
(3)利害関係者の排除
 次に、内部通報に対して対応する部署、通報内容を報告する上位者は、案件に応じて複数存在することが本来望ましい。例えば、社内にパワーハラスメントが存在するとして、それに内部通報を担当する部署の上位者、もしくはそれを報告する役員が関与している場合、その通報に対して適切な対応がとられることは期待できない。社外窓口の弁護士が通報を受けることによって、窓口では通報を無視し握りつぶすことはなくなっても、それだけでは足りず、調査や社内対応を主導する担当者や判断をする責任者が利害関係のない者であることが担保されなくてはならない。
 社外窓口が受けた通報について、その内容によっては、内部通報の担当部署ではなく、監査役室や内部監査室等が調査・対応を主導する仕組みとすることも考えられる。
(4)内部通報制度の周知
 上記のような検証を行おうとしても、実際の通報のケースが存在しないという場合、内部通報制度の周知が不十分であることが考えられる。検査工程や品質確認等の業務において、法令や社内規則に違反する運用が長年にわたり踏襲され、当然のものと扱われていたり、自社で定着した常識が世間の常識から乖離していたりするなど、重大性の程度はあれ、不祥事の芽は存在するものである。
形式的には社員等に告知していても、社員が、どのような場面で通報したらよいのか、通報したらその後どのように対応されるのか等を理解できていない可能性もある。
(5)外部窓口の弁護士の活用
 内部通報の制度上、弁護士は、外部通報の窓口や通報者との連絡を行う他、必要に応じて、調査や対応についての助言を行うという規定になっていることが多い。
 実際の調査や対応は会社で行っていても、外部窓口として弁護士が関与していることで、会社の適切な対応が担保されるという側面がある。さらに個別の通報案件の調査・対応方針や、個別の案件の運用を通して見える課題への対応についても、外部窓口の弁護士に積極的な助言を求める等して、弁護士を活用することが考えられる。
 内部通報制度の運用の実態や具体的な課題は、各社で異なると思われる。内部通報制度がよりよく機能するよう、制度の運用の見直しにおいても是非弁護士を活用されたい。

以上


[1] 「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」の解説〔上〕〔下〕(商事法務2165号、2166号)佐藤竜明 日本取引所自主規制法人上場管理部調査役・弁護士

[2] 事業者自らが自身の内部通報制度を審査した結果を登録する

[3] 中立公正な第三者機関が事業者の内部通報制度を審査・認証する

[4] 消費者庁「内部通報制度に関する認証制度の導入について」

[5] 消費者庁「公益通報者保護法に関する民間事業者向けガイドライン」

[6] 内閣府 公益通報者保護専門調査会

執筆者:髙橋 直子

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