色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第18回 パワーハラスメントへの対応

2013/05/14

1. 
 厚生労働省の資料によると、「職場のいじめ・嫌がらせ」に関する総合労働相談コーナーへの相談は年をおって増加傾向にあり、平成22年度は解雇についで2番目に多いとされています。また、多くの企業においても、パワーハラスメント(以下パワハラといいます)が社員の心の健康を害する、職場風土を悪くする、周囲の士気の低下や生産性の低下などの損害をもたらすものであって、経営課題として重要なものと認識していることを示す調査結果が出ているとのことです。
 私の日頃の法律相談の中でも、従業員が上司との間で業務上の指導や職務配置を巡ってトラブルを生じたり、パワハラを原因とするメンタル疾患に陥ったと思われるものについての相談が増えていますし、その予防や対策について講演の依頼を受けることも多くあります。

 

2.
 セクシャルハラスメント(以下セクハラといいます)については、男女雇用機会均等法(略称)の11条1項にもとづく指針で、その内容が定義されていますが、パワハラについては、これを直接に規制することを目的とする法令はなく、従って、その定義も法定されていません。
 厚生労働省が最近発行したパンフレットによりますと、パワハラについて

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」

と定義しており、その類型として

「①暴行・傷害(身体的な攻撃)、②脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)、③隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)、④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)、⑤業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)、⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)」

を例示しています。
 実際の法律相談で多いのは、上司が④ないしは⑤の類型の行為を行った上に②の侮辱や暴言を行っていると主張される場合がほとんどです。そういう例での上司の言分が「A(当該従業員)は、業務上の能力ないし意欲が極めて乏しいので、厳しく指導したが、反抗的で改まらない。そこで別の仕事を与えたが、それも出来ないので、やむなく現在の軽易な業務をやらせている」であるというのも概ね共通しています。
 Aの立場からみれば、上司の言動は②や④、⑤のいずれにも該当しうるということになりますが、それがパワハラについての前述の定義でいわれている「業務の適正な範囲」を超えるものか否かの判断は決してやさしいものではありません。
 厚生労働省のパンフレットでも④~⑥については、「何が『業務の適正な範囲』を超えるかは業種や企業文化の影響を受け、具体的な判断も行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによって左右される部分があるため、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にすることが望ましいです。」との注が付されています。パワハラを巡る多くの裁判例においても、当該行為が許されるか否かは「行為に至った経緯、行為の目的・態様・被害者の受けた不利益の程度などの事情を考慮して、当該行為が社会的相当性の範囲内か否か」で判断されるのが通例です。
 つまりは、全ての事情に照らして“常識”で判断する外ない、ということになるのです。しかしながら、高度成長期に入社した世代と低成長時代に入社した世代とでは、仕事や生活についての意識は相当に異なっているのですから、共通の“常識”を見出すことは容易ではありません。裁判例でもほぼ同じ事実認定でありながら一審と二審で逆の判断をしているものが散見されるのは、裁判官でも世代によって考え方あるいは感じ方に差があるせいなのかも知れません。弁護士の世界でも、私が事務所に入った当時に先輩の弁護士から受けた指導と現状のそれとでは隔世の感があります。

 

3.
 私は、この種の相談については、まずは相談担当者において、Aと当該上司の双方の言い分について、当該行為の5W1Hの特定を含め十分に聴取して、これを整理してもらうことから始めます。ここに誤解があると前提が異なってくるのですが、往々にしてあいまいなままでのご相談が多いからです。次に、当該上司の他の部下や当該従業員の以前の上司等より意見聴取をしてもらいますが、これは、とりあえずの第三者的な評価として参考となります。最後は、相談担当者自身の意見をお聞きします。それは、当該行為に関する「業種や企業文化」による影響を社外の弁護士が独自に判断することは難しいことであり、相談担当者の意見はその点で有用な資料と考えられるからです。
 そして、これらの調査の結果にもとづいて事案の処理についての大きな方向を決めることとなるのですが、私の場合、明らかにパワハラと判断ができる事例(私は「人格の否定」につながる要素の存否を中心に考えています)以外のものについては、以後に会社がとるべき処理方法について、当該上司の行為をパワハラとしては扱わないという前提で指導させてもらうようにしています。その理由は次のとおりです。
 従業員に対する適切な業務上の指導(職務配置も含む)は企業の運営において必要不可欠なものですが、どのような場合に、どのような指導を、どのような方法でなすべきかの判断は、その場の状況に応じて上司が速やかに行う必要があるのですから、その裁量が十分に尊重される必要があります。それにもかかわらず、管理職が後日「パワハラ」であると非難されることをおそれるあまり、必要な業務上の指導を躊躇するということがあり、そういった傾向が職場全体に定着してしまえば、その職場はもとより企業の運営にも大きな禍根を残すことになると考えるからです。この点、セクハラの原因となる性的言動は、職場においてはもともと不必要なものですから、事情は全く異なるのです。
 もちろん、パワハラと認定できない場合においても、部下からそのような訴えがある以上、その指摘に照らして上司として反省すべき点があれば、今後の業務指導の上で配慮させることは業務の円滑な運営のためには必要です。また、信頼関係の失われた上司と部下を同一の職場におくことは業務遂行上も不適当で、放置したため当該の部下がメンタル疾患に陥ることがあれば、パワハラの有無やその責任とは関係なく、使用者が責任を問われることもありうるので、職場の配置も検討すべきでしょう。更には他の管理職に対して、こういったトラブルを機に研修・教育を行い、各自に自らのあり方を考えさせることも必要となります。
 しかしながら、冒頭に述べたようなパワハラを巡る昨今の事情の下においても、安全のみを重視しひたすら穏やかな職場を目指すことはいかがなものかといささか心配している次第です。

以 上

執筆者:夏住 要一郎

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