色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第77回 残穢

2016/04/18

(今回は怖い話なので、苦手な方は注意してください。)

 小野不由美の『残穢』という小説があります。小説家の「私」は、読者の一人からマンションの自室で起こる怪音について教えられます。そのマンションでは外にも様々な怪奇現象が起こっていました。調査を続けるとそのマンション建設前にあった家屋で女性が自殺したり、嬰児殺事件があったりしたことが判明します。さらに怪奇現象の大本を探っていくと、遠く離れた地方から、穢れに触れることでその穢れが伝染するというプロセス(触穢)で穢れが伝染してきたことがその原因ではないかと「私」は、考えるようになります。そして、この件に深入りしてしまった「私」、首に感じていた違和感の原因は別にあったけれど・・・といった内容です。読み終わったら、手許に置いておくのも躊躇われるほど怖いという評判だったので、そういった話が大好きな私は発表されてすぐ読みましたが、それほど怖いとは感じませんでした。何か読み違えているのではないかと思って、最近映画化されたので、観にいったり、その際に小説を読み返したりもしましたが、別に読み違えている訳でもなさそうでした。(註1)

 

 日本の法律は、恋や愛には幾許かの理解を示していますが(?)(註2)、心霊や超常現象から全くと言って良いほど目を背けています。「心霊」とか「幽霊」とか「呪」とかは法令用語に一切ありません(註3)。丑の刻参りをして人が死んでも殺人罪にはならないとわざわざ書いてある刑法の教科書もあります(註4)。そして私はおそらく生涯、映画『ステキな金縛り』(註5)のように幽霊を証人として尋問をすることはないだろうと思われます。日本の法令や法制度・運用は徹頭徹尾、「科学的な合理性」を貫こうとしているのです。

 

 とは言っても、日本人の多くは、信じてはいなくとも、心霊とか超常現象を完全に否定しているわけではありませんし、「穢れ」を気にしていることは否定できません。徹頭徹尾科学的で合理的な法制度とその運用であっても、このような多くの日本人の感覚と折り合いをつけていかなければなりません。例えば自殺があったり、殺人があったりしたような建物(所謂「事故物件」(註6))の売買や賃貸借の場合、仲介業者は、一定の範囲でそのことを開示しなければならないですし、通常より安く取引されていることは夙に知られています。(自殺後の新契約の入居者が退去した後の入居者には告知は必要がないといった判決例もあるので、自殺の告知があるのは、最初の入居者だけだとも言われています。)判決例を見ると、自殺などがあったことは、心理的な瑕疵として瑕疵担保責任を認めています。例えば、借家で自殺などすると、家主が遺族に対し、部屋のクリーニング費用とか改装費用に加えて、賃料の逸失利益(3割~5割程度)を数年程度(2~4年程度が多いようです。1年程度は貸せないとして1年分の賃料全額という例もあります。)を請求する例が多くあります。逆にこのような請求を遺族に対してすることは、悲嘆にくれる自殺者の遺族に追い打ちかけるようで問題だという議論も起こっています。企業であっても無関係ではありません。例えば、住宅の賃貸業を営んでいれば、家主としてこのような問題に出くわさざるをえませんし、借り上げ社宅などで、従業員が自殺でもすれば、従業員は借り主である企業の利用補助者として居住していたのですから、企業自体が賃貸借契約の債務不履行による損害の賠償を請求されることは避けられません。

 

 私は鈍感で心霊現象といったことを全く感じない体質ですし、私の周りで幽霊を見たと言っている人にはあったことがありません。一度、所謂「見える人」のお話でもじっくり伺いたいものです。私が若かったころ、父の友人に占いをする人がいました。その人は、私が午後4時以降墓地に近づくと引き込まれるから気をつけなさいと注意してくれました。残念ながら私は上に述べたとおり鈍感な体質なので、高野山に行ったりすると、深夜に宿坊を抜け出して、墓に囲まれた奥の院への片道1時間ほどの参道を散歩するのですが、怖い目に逢ったことはありません(註7)(註8)。

 

 そう言えば、最近ずっと、首の右後あたりに違和感があります。寝違えただけだと思うのですが。

 

註1 『残穢』は、『田中河内介の最後』のように語るだけでも良くない事がその身に降りかかってくるといったタイプの怪談の系譜に属するものでしょうが、そんなことを何とも思わない私には怖く無いわけです。映画は、恐怖を映像化するので、びっくりはしても、怖くはありません。何か得体の知れないものに怖れを抱くという感情はよく理解できるのですが、その得体の知れなかったものが理屈で説明されたり、映像として提示されたりすると、もう笑うしかありません。

註2 「愛する」は憲法前文等いくつかの法令に出てきます(ただその対象は「平和」であったり、「国」であったりで、異性ではありません。)。「恋」については、昔は法令には「故意」はあっても「恋」ないとか言われたり、憲法学者であり、大阪府知事でもあった黒田了一氏が「秋の夜 ひたすら学ぶ 六法に 恋という字は 見出さざりけり」という歌を詠んだりしましたが、現在では、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」に2箇所も「恋愛」という法令用語が出て来るようになりました。

註3 英国には、前世紀まで、魔法法(”Witchcraft act”)があって、アフリカではその流れをくむ、魔法禁止法が今でもあるようです。因みに「魔法」は日本法でも法令用語にあります。「魔法瓶」の一部としてですが。

註4 丑の刻参りは、「殺人」にはならないと言っているだけで、他の犯罪(例えば脅迫)を構成する可能性はありますし、解雇対象者としたことの合理性の根拠事由の一つとして上司を呪ったことが挙げられて、解雇権の濫用ではないとした判決(平成15年1月29日東京高判労判856号67頁)もありますから、お止しになることをお勧めします。

註5 私は色川法律事務所に入所する直前にこの映画を2回も見てしっかりと証人尋問の仕方を勉強しました。幽霊に対する証人尋問ですが。

註6 「大島てる」というウェブサイト(http://www.oshimaland.co.jp/)には、事故物件の地図があります。別にご覧になることをお勧めはしませんが。

註7 高野山が清浄な場所だからかもしれません。仏教は、本来死を「穢れ」とはみなしません。日本人の「穢れ」の意識はもっと土着のものだと思います。

註8 酔狂なのは私だけではないようで、片道で一人二人すれ違うこともあります。もっとも、それが人なのかどうかは定かでありません。

執筆者:三浦 彰夫

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