色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第90回 職務発明制度の改正について(平成28年4月1日施行)

2016/11/29

第1 特許法改正の概要

 平成27年7月10日に職務発明制度の見直しを含む「特許法等の一部を改正する法律」(平成27年法律第55号)が公布され、平成28年4月1日に施行されました。

 職務発明制度の改正の概要は以下のとおりです。

 

1 権利帰属の不安定性問題への対応(特許法35条3項)

  従業者がした職務発明について、契約等においてあらかじめ使用者等に特許を受
 ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利はその発生時か
 ら使用者等に帰属する旨が規定されました。

  これは以下の2つの問題に対応するためです。

  1つ目の問題は、共同研究などにより特許を受ける権利が共有に係る場合に生じ
 る問題です。各共有者は他の共有者の同意を得ない限り当該特許を受ける権利の持
 分を譲渡することができません(特許法33条3項)。これにより、使用者があら
 かじめ契約等により職務発明に係る特許を受ける権利を自社の従業者から承継する
 旨を定めていたとしても、当該特許を受ける権利が共同研究の相手方の会社の従業
 者に属する場合には、当該従業者(相手方の会社の従業者)の同意を得ない限り、
 自己の持分ですらも自社の従業者から承継することができないという問題です。

  もう1つは、二重譲渡に関する問題です。近年、発明を特許権として権利化する
 だけでなく、営業秘密として秘匿化するという判断を製品・サービスに応じて行っ
 ている企業も増えてきたと思われます。特許出願前における特許を受ける権利の承
 継については特許出願が第三者対抗要件になるため(特許法34条1項)、たとえ
 使用者が職務発明について従業者から特許を受ける権利を予約承継していたとして
 も、当該従業者が当該使用者以外の第三者にも特許を受ける権利を譲渡し、先に特
 許出願された場合には、当該使用者は当該第三者に対して原則として劣後します。

 そうすると、使用者は営業秘密として秘匿化するという判断をすることができなく
 なり、使用者の知的財産戦略に支障を来すおそれがあるという問題です。

 

2 「相当の対価」の文言の見直し(特許法35条4項)

  従業者が使用者に特許を受ける権利を取得させたこと等の対価としての「相当の
 対価」の文言が、「相当の金銭その他の経済上の利益」(「相当の利益」)に変更
 されました。

  これは企業戦略に応じて柔軟なインセンティブ施策を講じることを可能とすると
 ともに、発明者の利益を守るため、金銭に限定せず金銭以外の経済上の利益を与え
 ることも含まれるようにするためです。

 

3 法的予見可能性の向上(特許法35条6項)

  改正前第35条第4項(従業者が使用者に特許を受ける権利を取得させたこと等
 の対価について契約等で定める場合には、その基準が不合理であってはならないと
 いう条項)においてどのような場合に「契約、勤務規則その他の定めにより・・対
 価を支払うことが不合理と認められる」のかという点につき予見可能性が乏しいと
 の問題意識を受け、経済産業大臣が指針(ガイドライン)を定めて公表する旨が新
 たに規定されました。

  この指針では、契約等で定めたところにより相当の利益を与えることが不合理で
 あるか否かの判断に当たっての考慮要素について、より具体的に明示するととも
 に、「相当の利益」について契約等で定めた場合における第35条第5項(上述し
 た改正前第35条4項と同趣旨の条項)の不合理性の判断においては、同項に例示
 する手続の状況が適正か否かがまず検討され、それらの手続が適正であると認めら
 れる限りは、使用者等と従業者等があらかじめ定めた契約等が尊重され、その結
 果、同項の不合理性が否定されるという原則を明示し、同項の不合理性に係る法的
 予見可能性を向上させることが目的とされています。

 

第2 職務発明規程の改定について

 以上のような改正法が平成28年4月1日から施行されました。上記3で述べた経済産業大臣の指針(ガイドライン)が「相当の利益」の定めについて具体的に規定していることから、これを参考に職務発明規程を変更する際の注意点を検討したいと思います[1]。

 「相当の利益」を決定する際の基本的な考え方としては、旧法下における知財高裁の裁判例[2]が判示するように、「支払に至る手続面を重視し、そこに問題がない限りは、使用者等と従業者等であらかじめ定めた自主的な取り決めを尊重すべきであるというところにある」とされており、同判決の判示する趣旨は現行法下でも通用するものと思われます[3]。したがって、「相当の利益」の決定にあたっては、規程策定までの手続面が重視されることになります。

 具体的には、特許法35条5項にも規定されているとおり、①基準策定に際して従業者との間で協議をし、②策定した基準を開示して、③その基準の内容について従業者から意見の聴取を行うことになります。

 まず、①基準策定に際しての協議については、説明会等[4]を開催して十分に説明を施し、従業者側の発言の機会をしっかりと確保する必要があります。説明会の目的は従業者側との間で基準内容について合意をすることですが、合意が必要不可欠というわけではありません。もっとも、従業者側からの意見や質問については資料等で根拠を示しながら回答をして、これらの発言内容を議事録に詳細に残しておくべきです。

 また、②策定した基準の開示についても、特定の開示方法をとらなければならないという制約はありませんが、従業者であれば誰でもアクセス可能な社内のイントラネットによって開示することが推奨されます(社外に開示する必要はありません)。

 ③意見の聴取についても、特定の聴取方法をとらなければならないという制約はありませんが、②の社内のイントラネットによる開示で従業者に基準を周知させることを前提に、これに対して意見を表明することができる手続を用意すべきです。積極的に意見を求めなかったとしても、一定期間意見を受け付ける制度を用意しており、このことを周知していれば意見の聴取がなされたと評価されますが(経済産業省告示第131号21頁「第二 適正な手続」四2(四))、出された意見に対しては使用者において真摯に検討し、必要に応じて再検討することが求められます。

 


[1] ガイドラインは、裁判所の判断を拘束するものではありませんが、このガイドラインが産業構造審議会における有識者による検討を経て作成されたものであることから、一定以上の合理性を有するものであると事実上推定することができ、訴訟においても事実上尊重される可能性が高いと考えられます。そのため、ガイドラインに沿った制度構築をすることが訴訟リスク低減への第1歩となります。

[2] 知的財産高等裁判所平成27年7月30日判決

[3] 実際、経済産業省のガイドラインには、第35条第5項の規定により不合理であると認められるか否かの判断においては、同行に例示する手続の状況が適正か否かがまず検討され、それらの手続が適正であると認められる限りは、使用者があらかじめ定めた契約、勤務規則その他の定めが尊重される旨が記載されております(経済産業省告示第131号1頁「第一 本指針策定の目的」)。

[4] ガイドラインでは、協議の方法について特定の方法をとらなければならないという制約はないとされていますので(経済産業省告示第131号11頁「第二 適正な手続」二2(一))、事業所数が多い場合などには社内イントラネットの掲示板を利用して協議をすることも考えられますが、できる限り説明会を開催するのが望ましいでしょう。

執筆者:永原 明

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