色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第91回 「長澤運輸」事件地裁・高裁判決について

2016/11/30

1.今年5月13日、同事件について東京地裁は、定年後の再雇用において、賃金を下げて契約することは労働契約法(以下、労契法といいます)20条に違反し、その労働条件の定めは無効であり、正社員の労働契約の内容である賃金の定めと同じものになると判決しました(労働判例1135号11頁)。

 多くの企業では、60才の定年後は、再雇用をし、そのかわりに賃金を相当額減額をしているのが実態であるため、この判決はマスコミにも大きく取り上げられ、高裁での判断が注目されていました。

 そして、地裁判決後6ヵ月も経たない11月2日に、東京高裁は原判決を取り消して、労働者側の請求を棄却する判決を出しました(労働判例12月15日号掲載予定)。

 本稿は、両判決の違いを手短にご説明し、各社のご参考にすることを目的としています。

 

2.この事件の第1の争点は、定年後の再雇用(有期雇用)における賃金とそれまでの無期雇用における賃金との差について、そもそも、労契法20条の適用があるかということでしたが、両判決はいずれも適用があるとしました。

 そして、労契法20条は、労働条件の相違について、(a)労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(b)当該職務の内容及び配置の変更の範囲(c)その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない、と定めているところ、両判決とも本件において(a)、(b)のいずれについても再雇用の前後で変化はないとしましたが、(c)の「その他の事情」についての判断が異なったために、結論が変わったのです。

(c)についての東京高裁の判断を要約すると次のとおりです。

   ①当該会社が属する業種又は規模の企業を含めて、(a)や(b)が変わらない
    まま相当程度賃金を引き下げることは、社会一般に広く行われているところ
    である。

   ②本件における労働条件の差は次の点から不合理ではない。

    a.年収ベースで賃金の減額は2割前後である。

    b.当該企業において本業である運輸業については収支が大幅な赤字となっ
      ている。

    c.当該企業は、各種手当について工夫を加え、正社員との賃金の差額を縮め
                る努力をしている。

    d.当該企業は、労働組合との団体交渉を行っており、労働組合の合意をえ
      たものではないものの、労働組合の主張や意見を聞いて、一定の労働条件
                の改善をしている。

 これに対し、東京地裁の判決は、上記①について、我が国の企業一般においてこのようであると認めるべき証拠はないとしており、その基本的な考えに立った上で、②のa・c・dのような事情があってもその差が合理的と裏付けるまでのものではない、としています。もっともbの点について東京地裁は、当該企業において「賃金コスト圧縮の必要性があったわけではない」と判示していますので、当該企業の経営状態についての両判決の見方は若干異なるようですが、判決文全体を比べて読む限り、その違いが結論の違いを導いているとは思えません。上記①についての判断の違いが決定的と思われます。

 

3.東京高裁判決については、マスコミでも再び大きく取り上げられたので、その結論を聞いて安心された企業も多いと思われます。しかしながら、同判決は上記①の認識に立った上でもなお、本件において賃金の差が2割前後にとどまっていること、当該企業の経営上の問題、そして当該企業が労働組合と協議した上で賃金の差を縮めるための工夫を重ねているといった事情をあげた上で、その差は不合理なものであるとはいえないと判断しているのです。したがって、そのような事案でなかったのであれば、不合理と判断された可能性は存在することとなりますので、手放しで安心するのは早計です。そして、この判決のみからは、どのような経営状態にある企業が、どのような賃金設定上の工夫を、どの程度しておれば、法的に安心できるかは判らないということになります。

 この事件は、上告されることは必至ですので、最高裁が上記の一般論、個別論のいずれについても具体的な判断を詳細に示し、その判断内容から一定の基準化が可能となれば、不透明感の払拭が期待されますが、そうなるとは限りません。もっとも、高裁判決と同様、最高裁の判決もそう先にはならないのではないかと思われます。

 各社におかれては、とりあえずは高裁判決を精査の上、各社の制度や周辺の状況と本件の事案とを比較し、危惧をもたれるのであれば、制度変更の要否やその内容を予め検討しておかれることが必要と考えます。

以上

執筆者:夏住 要一郎

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