コラム

Column

第140回 労基法改正による未払賃金の消滅時効期間の延長

1 はじめに
労働基準法の一部を改正する法律および労働基準法施行規則等の一部を改正する省令が,令和2(2020)年3月31日に公布され,4月1日から,未払賃金の消滅時効期間が延長されることになりました。これは民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)により,消滅時効期間に関する改正がなされたことに伴うものです。同改正の経緯・趣旨,改正内容と実務に与える影響をご説明します。
2 改正の経緯・趣旨
改正前の民法では,「月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権」について1年間の短期消滅時効が定められており,特別法である労働基準法第115条により,労働者保護の観点から,賃金請求権の時効は2年間と修正されていました。
改正民法では,使用人の給料に関する短期消滅時効を含めて,職業別の短期消滅時効の特例は廃止され,あわせて,商法で定められていた商行為についての商事消滅時効(5年)の特例も廃止されました。そして,債権の消滅時効期間は,商行為も含めて,債権者が権利を行使することができることを知ったとき(主観的起算点)から5年,権利を行使することができるとき(客観的起算点)から10年に統一され,いずれかの時効期間が満了したときに援用によって債権が消滅することになりました。
このままでは,賃金請求権についての消滅時効期間が,一般債権よりも短いことになってしまいますので,今回の労働基準法の改正では,契約上の債権の消滅時効期間とのバランスをとって,賃金請求権の消滅時効期間を5年としました(改正労基法115条)。もっとも,紛争の早期解決・未然防止という賃金請求権の消滅時効が果たす役割から,直ちに消滅期間を5年とした場合に労使関係に与える影響を考慮し,経過措置として,当分の間は時効期間を3年とされました(同143条2項)。
なお,退職手当は,もともと消滅時効期間が5年でしたので,消滅時効期間に変更はなく,当分の間その時効期間が3年とされる債権には含まれません。また,労基法の規定による災害補償の請求権,その他の請求権(年次有給休暇請求権等)についても,消滅時効期間は変更されず,現行の2年が維持されます。
改正労基法等の施行日は,改正民法の施行日と同じ令和2年4月1日です。新しい消滅時効期間(3年)の適用は,賃金の支払期日を基準とし,施行日(令和2年4月1日)以降に支払期日が到来する賃金の請求権は消滅時効期間が3年になります。
3 その他の改正内容
(1)割増賃金,解雇予告手当等の支払義務に違反したときに,労働者の請求によって裁
判所が事業主に対して支払を命じる付加金についても,これまで2年以内に請求しな
ければならないこととされていましたが,賃金請求権の消滅時効期間に合わせて,請
求できる期間が5年に延長され(改正労基法114条),当分の間は,その期間は3年と
されました(同143条2項)。
新たな付加金の請求期間(3年)は,「違反があったとき」が施行日(令和2年4月
1日)以降の場合に適用され,令和2年3月31日までに「違反があったとき」の付加金
については,従前の請求期間(2年)が適用されます。

(2)賃金請求権の消滅時効期間の延長にあわせて,労働者名簿や賃金台帳等の記録の保
存期間も延長されました。
労働者名簿,賃金台帳,雇入れ,解雇,災害補償,賃金その他労働に関する重要な
書類(出勤簿,タイムカード等)については,紛争解決や監督上の必要から,その証
拠を保存するため,3年間の保存義務が定められていましたが,その保存期間は賃金
請求権の消滅時効期間にあわせて5年に延長されました(改正労基法109条)。ただ
し,経過措置として,当分の間は,3年が適用されます(同143条1項)。
また,記録の保存期間の起算日については,労基法施行規則56条により,当該記録
の完結の日等とすることが定められていました。改正法により,賃金請求権の消滅時
効と記録の保存期間が同一となることを踏まえ,賃金請求権の消滅時効期間が満了す
るまではタイムカード等の必要な記録の保存がなされるよう,賃金台帳又は賃金その
他労働関係に関する重要な書類について,当該記録に関する賃金の支払期日がそれら
起算日より遅い場合は,当該支払期日を起算日とすることが定められました(改正労
基法施行規則56条)。例えば,賃金計算期間が6月1日から6月30日で,6月30日に記
載が完結したタイムカードについて,その賃金支払期日が7月10日の場合は,7月10
日から起算して3年間の記録保存が必要となります。
労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則にお
いて労基法第109条を参考に保存期間を定めている各種記録のうち,賃金請求権の行
使に関係する記録についても,同様です。
4 実務上の影響について
(1)労使間の未払賃金の請求
労働者から時間外手当等の賃金の未払いがあるとして請求を受ける場合,これまで
は,(消滅時効にかかっていない)過去2年分を請求されていましたが,今後は,過去3
年分の請求がなされることになります。労働時間を適切に把握・管理できていなかった
場合,割増手当の算定の基礎となる金額の計算(手当の控除等)に間違いがあった場
合,管理監督者としての扱いが否定された場合等,未払賃金の存在が判明したときに会
社が遡って支払わないといけない金額が2年分から3年分に(当分の間の経過後は5年分
に)拡大し,会社のリスクもそれだけ大きくなることに留意が必要です。

(2)M&A
M&Aにあたっては,対象会社のデュー・デリジェンスを実施する中で,簿外債務の有
無,金額等を確認します。時間外手当の未払いがある場合は,簿外債務として(消滅時
効にかかっていない)過去2年分を考慮にいれるのが一般的でしたが,今後は,過去3年
分を検討することになると思われます。

(3)社内文書の保存期間
各社において,労働基準法施行規則等で義務づけられている保存期間を充足する形
で,さらに,将来的に紛争となったときに書証を確保する必要性や自社の運用上の便宜
等から検討して,各記録の具体的な保管期間を定めていると思います。今回の改正を機
に,自社の賃金台帳その他労働関係に係わる記録の保管に関する社内ルールおよび運用
を見直す必要がないか,確認いただくとよいのではと思います。

以上