色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第138回 パワハラの就業規則(懲戒規定)への記載について

2020/06/03

1 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法
 律の改正法が令和2年6月1日より施行され(中小企業を除く),企業に対してパワハ
 ラに関する措置義務が課されることになりました。その詳細については,「事業主が職
 場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき
 措置等についての指針」(以下,パワハラ指針といいます)に定められていますが,昨
 今,パワハラ指針に関連して多いご相談が「パワハラに関してどのように懲戒規定を整
 備するか」というものです。
  懲戒事由にパワハラに関するものを記載して,同懲戒事由に該当すれば譴責ないし懲
 戒解雇のどれでも選択できるようなものを原案としてお持ちいただくことがあります。
 パワハラ指針の内容に反するものではないとは思いますが,厚労省がパワハラ指針の施
 行を受けて令和2年2月に発行しているパンフレット (以下,「パンフレット」とい
 います)の内容からすれば,行政としては必ずしもそれでは十分ではないと考えている
 ようです。以下,歴史的経緯も含めて解説させていただきます。
 

2 パワハラ指針は,懲戒規定に関して以下のとおり述べています(パワハラ指針4
 (1)ロ)。
  「職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者については、厳正に対処す
 る旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に
 規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。」
  問題となるのは,「対処の内容」をどこまで記載するかです。
  かつて,平成19年4月1日に改正均等法が施行され,いわゆるセクハラ指針が定め
 られたときにも,同じ規定があったのですが,解釈通達においては「懲戒規定を定める
 場合には,『懲戒事由となるセクシャルハラスメントに係る性的な言動』及びそれに対
 応する『制裁の種類』を具体的に決定する必要がある」と定められ,労働局は“情状等
 によって,適用される制裁の種類にある程度幅を持たせることは差し支えないが,情状
 等により懲戒の全種類の中から選択する旨の規定については,どのような性的言動がど
 のような制裁に当たるかが不明であり,厳正に対処する旨の方針を示したに過ぎず,
 「対処の内容」を示したものとは認められない”として,例えば,Aという行為につい
 ては譴責,Bという行為については出勤停止,Cという行為については懲戒解雇という
 ように,行為態様ごとに懲戒処分の種類との「ひもづけ」を行えという指導をしていま
 した。
  パンフレットの例1から例3(パンフレット34~38頁)においては,このような
 「ひもづけ」が行われており(上記のような細かな「ひもづけ」までされていないもの
 もありますが),かつてのセクハラ指針に関するパンフレットには,この3つの例示し
 か記載されていませんでした。
  このような行政の指導に対して,企業や使用者側弁護士は「そのようなことは指針の
 どこに書いてあるのか」,「懲戒事由の1つとして規定した言動でも様々な情状により
 選択すべき懲戒処分の内容は大きく異なるのであり『ひもづけ』しなければならないと
 なれば,懲戒処分が適切に行えなくなる」などの意見が出され,行政は,折衷案とし
 て,「ひもづけ」までは求めないが,懲戒処分の種類を選択するにあたっての判断要素
 を記載するという雛形(現在のパンフレットの例4。38頁)をセクハラ指針に関する
 パンフレットに載せるようになり,また,解説においても「対処の内容」については,
 「懲戒規程において具体的な性的言動の態様を処分の内容に直接対応させて規定するこ
 とのほか,どのような性的言動がどのような処分に相当するか判断するに当たっての判
 断要素を明らかにする方法も考えられます」という記載を追加するに至り,現在に至る
 わけです。
  セクハラ指針からしても,「ひもづけ」を行わない場合には判断要素を記載しなけれ
 ばならないということは読み取れないのですが,「判断要素」でOKということで,
 「ひもづけ」論争は一応の終息を見たようで(但し,企業が「ひもづけ」せずに判断要
 素を記載するようになったかは不明です),その後に労働局から指導があったという話
 は聞かなくなりました。
 

3 パンフレットにおいては,以上のような歴史的経緯を踏まえ,これまでのセクハラ等
 に関するパンフレットの記載を踏襲して,懲戒規定の記載例としては,「ひもづけ」さ
 れたもの(例1~3)及び「ひもづけ」はされてないものの判断要素を記載したもの
 (例4)が挙げられ(パンフレット34~38頁),規定のポイントとして,「具体的
 なハラスメントに該当する言動と処分の内容を直接対応させた懲戒規定を定めることの
 ほか、どのようなハラスメントの言動がどのような処分に相当するのかについて判断要
 素を明らかにする方法も考えられます。」と記載しています(パンフレット23頁)。
 これらのパンフレットの記載内容及びこれまでの歴史的経緯からすれば,行政としては
 本当は「ひもづけ」までして欲しいが,「ひもづけ」はしないにしても,少なくとも判
 断要素は記載せよと考えているようです。「ひもづけ」は懲戒規定としての使い勝手が
 悪いですので(例えば,例3では「暴行・傷害等身体的な攻撃を行ったとき」には諭旨
 解雇または懲戒解雇となる旨を規定していますが,暴行・傷害の程度により出勤停止以
 下の懲戒処分を選択すべき場面は多くあります),今後,パワハラに関する懲戒規定を
 整備するにあたっては,行政に「ケチ」をつけられないよう万全を期すのであれば判断
 要素を記載する方法(すなわち例4)を検討されてはいかがでしょうか。
 

4 なお,パワハラ指針においては,社員への周知という観点から言えば,懲戒に関する
 ことの他,「ハラスメントの内容,方針等の明確化と周知・啓発」,「当事者などのプ
 ライバシー保護のための措置の実施と周知」,「相談,協力等を理由に不利益な取扱い
 がされない旨の定めと周知・啓発」が求められています。懲戒に関することは就業規則
 に記載することが必要(少なくとも根拠となる条文は必要)ですが(労基法89条9
 号),それ以外の項目については就業規則ではなく社内報やパンフレット等による方法
 でも可とされています。

以上

執筆者:田辺 陽一

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