色川法律事務所Irokawa Law Office

法律コラム

第130回 パテント・トロール

2019/10/04

 パテント・トロール(Patent Troll)の明確な定義はなく、文献によってその定義は様々ですが、概ね、「特許権を自ら実施せず、多数の企業に対して特許権侵害を主張し、和解金等を取得して利益を得ようとする団体」と理解することができます[1]。トロールとはもともと北欧の神話に登場する怪物のことのようですが、パテント・トロールは主に米国で活動し、企業にとっての脅威となってきました。

 パテント・トロールの特徴は、自ら特許の実施をせず、第三者から調達した特許を用いて、当該特許権の侵害を主張する点にあります。事業会社による特許権侵害の主張であれば、通常は競合他社に対してなされることが多く、侵害を主張された側の企業は自社が保有する他の特許とのクロスライセンス交渉に持ち込むことによって解決を図ることができます。しかしながら、パテント・トロールは特許を自ら実施していないため、他の特許とのクロスライセンス交渉が有効な対抗策となりません。交渉が成立しなければ訴訟で決着をつけることになりますが、米国では訴訟になればディスカバリー[2]対応などで大きな負担を強いられることから、パテント・トロールからの和解金やライセンス料の支払要求に応じて済ませることを選ぶ企業も多いと言われています。

 一方、日本では、企業がパテント・トロールから特許権侵害を理由に提訴された又は警告状の送付を受けた事例は年間数件程度にとどまっており[3]、パテント・トロールの活動はあまり活発でないというのが共通認識のようです。その理由としては、日本の訴訟手続においては先に挙げた米国のディスカバリーのような制度がなく、パテント・トロールにとって活動しやすい魅力的な環境とはいえないからでしょう。

 米国では政府レベルでパテント・トロール対策に取り組んでいますが、企業も自主的にパテント・トロール対策に乗り出しています。その1つが会員間で相互に保有特許をライセンスし合う防衛的パテント・プールという組織です。例えば、防衛的パテント・プールの一種として、日本企業も参加して設立されたLoT(License on Transfer)ネットワークという団体では、加入時点では会員間のライセンスが発生しないものの、会員がパテント・トロール[4]に特許を譲渡した場合には他会員に対する当該特許のライセンスが効力を生じる仕組みになっています。当該特許を譲り受けたパテント・トロールから特許権侵害を主張されても、会員企業は当該特許をライセンスされていることを理由に対抗できるというわけです。LoTネットワークは2014年に6社で設立されましたが、会員企業はその後増加し続けており、パテント・トロール対策の1つのトレンドになっていると言えそうです。

 もっとも、LoTネットワークの会員数が多くなればその分パテント・トロールに譲渡した際のライセンシーも多くなるところ、冒頭で述べたとおりパテント・トロールの明確な定義はないため、非会員の第三者へ特許を売却した場合に、後日それがパテント・トロールへの譲渡だと判断され、譲り受けた企業は予想に反して大多数のライセンシーが付着した特許を譲り受けたことになる可能性を否定できません。そのような危険性を孕んでいるのであれば、譲渡時の特許の価値が大きく低下することは避けられないと思われます。

 また、防衛的パテント・プールに参加する場合、画一的な規約の下で自社特許をライセンスすることが求められることから、それならば自社で独自に対策をとる方が好ましいと考える企業もあるでしょう。特に、企業規模が大きかったり、事業領域が多岐にわたる企業の場合には、特許の数も膨大で、参加の意思決定をするための社内調整が難しいということも考えられます。

 さらに、防衛的パテント・プールへの参加を検討する場面は、自社がパテント・トロールから特許侵害の主張を受けないための対策として自主的に検討する場面だけでなく、他社の特許がパテント・トロールの手に渡った場合に備えたい取引先から防衛的パテント・プールへの参加等を要請されて検討が必要になるという場面も考えられます。したがって、これまでパテント・トロールの脅威にさらされたことが無い企業でも、パテント・トロール対策と無縁とは言えないのです。

 いずれにせよ、防衛的パテント・プールへの参加の検討が必要になった場合には、パテント・トロールからの権利行使の現実的危険性を念頭に置いた上でそれを回避できるメリットと、売却時に自社特許の価値が低減するデメリットを比較衡量することによって判断することになるでしょう。

以上

 


[1] なお、最近では、NPE(Non Practicing Entity)やPAE(Patent Assertion Entity)という概念も登場しており、これらが従来パテント・トロールと言われてきた団体と同義なのかも議論の対象となり得るところですが、本稿ではその点は措きます。

[2] 非常に広範な範囲の証拠開示が求められる米国の訴訟手続固有の制度で、開示を求められた当事者はこれに対応するために膨大な費用を負担することになります。

[3] 「IoT等による産業構造の変化に伴い企業等が直面する知財制度上の新たな課題とNPEの動向に関する調査研究報告書」(平成28年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書)81頁

[4] 厳密には、LoTネットワークの公式サイトではパテント・トロールではなくPAEとの表現が用いられています。

執筆者:志連 広祐

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